「……何してんすか、食満先輩」 迷子の二人を捜索し終え、ようやく委員会にやってこれた作兵衛は、 なんとかそれだけの言葉を搾り出した。 用具倉庫では、とっくに作業が始まって、着々と修繕をこなしていると思っていた。 もしかしたら、遅れてしまったことを怒られて、 体育委員会や会計委員会のようにそこら辺を走らされるのかも、と頭の片隅で思いながら、 それでも行かないわけにはいかないのでと作兵衛はやってきた。 が、作兵衛の予想を裏切って。 「おお、遅かったな、作兵衛」 用具倉庫の近くの木の下。 木陰で、一年の用具委員三人は留三郎に寄りかかって眠っていた。 「何って、昼寝をしている」 留三郎があっけらかんというのに、作兵衛は青筋を立てそうになった。 一年生が昼寝をしているのは、見れば分かる。 作兵衛が聞きたいのは留三郎の方だった。 軽く叱ろうとした作兵衛に、留三郎が静かにするように言う。 すやすやと、それは気持ちよさそうに寝ている一年生たちを見て、作兵衛も開きかけた口を閉じた。 「お前もこっちにおいで」 留三郎に言われて、作兵衛は数瞬迷ったものの、結局言われたとおりに、四人に近づく。 「で、何で一年共は昼寝してんですか」 留三郎の隣に腰を下ろし、太い幹に寄りかかりながら作兵衛が尋ねた。 「今日は天気が良くて、気持ちが良いからな」 「答えになってません」 満足そうに言った留三郎に、作兵衛も思わず突っ込む。 言っている意味は、もちろん作兵衛にも分かる。 本日はこれ以上ないと言って良いほどの晴天、風は微風。 確かに、気持ちのいい日だ。 こんな日の木陰など、もう昼寝をするためのものだろう。 それはいい。 問題は、なぜ委員会の最中だというのに、昼寝体勢に入っているかということだ。 「そう怒るな、作兵衛」 「怒ってません」 少し頬を膨らませる作兵衛を見て、留三郎は小さく笑う。 「今日は天気がいいから、外での作業をしていたんだ。 途中までは順調だったんだが、気持ち良いのと、少し疲れたのが相まったらしい。 しんべヱと喜三太がいつの間にかここで寝てたんでな。せっかくだから昼寝することにした」 「いやいやいやいや、ちょっと待って下さい」 途中まではいい。 しかし、二人が寝てたからどうして昼寝タイムになるのか。 作兵衛はそれを続けて聞こうとして、止めた。 この六年生の委員長が、一年生達に甘いのは、作兵衛も百も承知のことだったからだ。 起こすのが忍びないので、ならば起こさなければいい、 と平太まで巻き込んで昼寝タイムになってしまったのだろう。 そこまで考え付いて、作平衛は口を閉じた。 その作兵衛を見ながら、留三郎は苦笑する。 軽い風に木の葉が揺られる音を聞きながら、二人はしばらくのんびりと木に寄りかかっていた。 しばらくその状態が続いたが、留三郎が、ふと、口を開いた。 「なあ、作兵衛」 「何すか」 「平和だな」 思わず作兵衛はこけそうになった。 座っているからこの場合は倒れそうになった、の方が近いかもしれない。 「何なんですか、急に」 「平和は大事という話だ」 「はあ……そりゃあ、何事も起こらないに越したことはないでしょうけど」 もっとも、学園に、その何事かを引き起こしてくるのは、今現在留三郎に寄りかかっている、 二人が所属するクラスなのだけれども。 「しかし、そうは行かないのも世の常だ」 いきなり始まった話に、作衛兵は、また、はあ、と曖昧に答える。 「作兵衛、この世で一番幸せなことは、何だと思う?」 「その流れで行くと、平和なことってことでしょう」 留三郎が頷く。 そして続けた。 「平和なことというか、こうしていることだ」 と、ぐっすり眠っている一年たちの背を、軽く撫でた。 こう、というのが、ただ単に、 一年生の寝顔を見られる、ということではないというのは、作兵衛にも分かった。 だが、いまいちその意味がつかめない。 混乱している作兵衛に、留三郎はまた苦笑した。 「そうだな……いうなれば、平和というのは、こうしていることの、一部だ。 たまに、些細なこともあるだろう、騒ぎもあるだろう。それらも、こうしていることの一部だ」 まだよく分からない作兵衛に、留三郎は付け加える。 「一番幸せなこととは、それがどんな形であれ、普通に生活していられる、いわゆる日常というものだ」 何となく、ぼんやりと意味がつかめてきた作兵衛は、やや顔を顰める。 「ちょっと、難しいです」 「はは、お前にもいつか分かるさ」 留三郎は笑いながら作兵衛の頭を撫でる。 その慈しみながらも、何かの混じった表情に、作兵衛は僅かに首を傾げた。 「日常の定義は、人によって違う。 お前達にも、なるべくなら、誰かを幸せにする日常を選んで欲しいな」 「食満先輩……?」 作兵衛が首を傾げたとき、留三郎の下から唸り声が聞こえた。 「う〜ん」 「ふああ」 「はにゃあ」 「お、お前達、起きたか」 眠っていた一年生達が起き出して来て、留三郎はその頭を撫でる。 「あ、富松先輩ぃ」 「いらっしゃって、ふあ、たんですねえ〜」 「お腹空いたぁ」 眠る前まではいなかった作兵衛を見つけて、三人は寝ぼけ眼ながら、作兵衛に笑いかける。 そんな四人を微笑ましく眺めながら、留三郎も笑った。 「それじゃあ、茶菓子を食べて、作業を続けるか」 「茶菓子!?」 しんべヱが急に目を覚まし、茶菓子があるんですかと目を輝かせる。 「う〜ん、眠い」 まだ目を覚まさない平太が、留三郎の袴につかまる。 「ゆっくりでいいぞ、平太。その内覚める。用具倉庫に置いてあるから、今度は五人で、食べような」 留三郎が、後ろにいる作兵衛に笑いかけながら、言った。 「富松先輩、早く早くぅ」 喜三太が、作兵衛を手招きしてせかす。 「……今、行く」 後輩達に囲まれている留三郎をじっと見ながら、作兵衛は四人の下に駆け寄った。 留三郎が翌日、野外実習であることを作兵衛が知ったのは、二日後のことだった。 日常の定義について (そう遠くない日に分かるだろう、その意味)