「よく寝てるなあ」 「疲れたんだろ」 「いっぱい頑張ったもんね」 「ああ、後で褒めてやらないとな」 斉藤家の抜け忍騒動の後、学園に着くまでに、は組の子供達は眠ってしまっていた。 徹夜だった上に、今日は夕方まで走り続けていたのだから、無理は無い。 ぞろぞろと大人数の移動なので、先生達が辺りを警戒し、 各委員会の上級生たちが子供たちを背負っていた。 用具委員会はしんべヱと喜三太の二人なので、重いしんべヱを留三郎が背負い、喜三太をタカ丸が。 生物委員会も虎若と三治郎、と二人いるので、虎若を八左ヱ門が、 三治郎を、手が空いていた雷蔵が背負っている。 八左ヱ門は級友である雷蔵に頼んだのだが、喜三太の時は多少揉め事があった。 誰が背負うか、ということについて。 最初は作兵衛が背負おうとしたのだが、 方向音痴二人を縄に繋いで見張っておかなくてはならないので、止められることになった。 主に三木ヱ門と滝夜叉丸に。 もちろん、自分が面倒を見なくてもいいようにだ。 それで誰が背負うかということで、言い争いになったのだ。 結局は、今回世話になったということで、タカ丸が背負うことになったが。 「けど、まさか学園挙げての大騒動になるとは思わなかったなあ」 その張本人のタカ丸が喜三太を背負いなおしながら言う。 「一年は組が絡むと、いつも大騒動になるんだ」 「何か憑いてんじゃねえの?」 「……止めてくれ、三郎次。シャレにならない」 「左近は保健委員だもんね」 保健委員会の別名は、不運委員会。 何か憑いてるのではないかといわれると、真っ先に連想されるものだ。 三郎次の冗談に、左近が本気で身を震わせ、四郎兵衛が微笑む。 「伊作はシャレじゃなく何か憑いてるんじゃないか」 「……うん、僕もそう思う」 「何でそうピンポイントで石が当たるんだ」 伊作の頭に、どこからか飛んで来た石がちょうど良くヒットしたのだ。 乱太郎を背負って手がふさがれていたため、ついでに周りの六年も全員手がふさがっていたので、 誰も防げず普通に当たった。 それによってできたたんこぶを、後ろから留三郎が眺め、 団蔵を背負った文次郎がその奇跡的な確率にむしろ感心した。 「乱太郎に当たらなかっただけ、良かったと思っておいたらどうだ」 「そうだな!」 「……」 兵太夫を背負った仙蔵の提案に、伊作の代わりに金吾を(まともに)背負った小平太が答え、 その大声を長次が無言でたしなめた。 きり丸を背負って手がふさがっているので、動作もなく、本当に無言でだ。 もう少し正確に言うと、視線で。 しかし小平太には伝わったらしく、口を開けたまま頷いた。 六年の辺りが静かになった時、今度はその後方が騒がしくなった。 「しかし今回は四年生の活躍の多い場所だったな! これは私が大分前から登場して地道に回数を稼いでいたおかげというものだ!」 「何を言う!今回決め手だったのは照星さんだ! 照星さんが虎若に絶妙なタイミングの狙撃を指示したから勝てたのだ! そして照星さんが出れたのは、私が休みの間その親交を深めていたからだ!つまり私のおかげだ!」 「うるさい」 放っておいたら延々と続いていそうな二人の不毛な会話に、 喜八郎が、今回持ってきていた踏鋤の踏子ちゃんで二人を叩いた。 二人は反論しようとしたが、喜八郎が言ったことが正論なのに気付き、にらみ合うだけで済ませる。 その様子に、四年組の前を歩いていた五年組が苦笑した。 「仲が良いんだね」 「突っ込むとこそこなのか」 のんびりした雷蔵に、伊助を背負った兵助が突っ込みを入れる。 「そういや、三郎。お前、あの時、どんな悪口雑言吐いたんだ?」 ふと、と言った風に八左ヱ門が三郎に話しかけると、三郎は振り返ってにやりと笑った。 あの時、とはウードン・臼茸(仮)に三郎が化け、敵同士を仲たがいをさせた時の話だ。 「とても背中の奴らには聞かせられないようなこと」 と、三郎は視線で背の庄左ヱ門を指す。 その凶悪な笑みに、八左ヱ門は空笑いすることしかできなかった。 「……作兵衛、大丈夫か」 列の一番前にいる三年組で、思わず藤内が作兵衛に声をかけた。 左門と三之助は、静かにしろという命令は守っているものの、 相変わらず進行方向と全く別の方向に向かおうとしている。 その二人の腰には結びなおされた縄がつけられ、その縄を作兵衛が握っていた。 簡単に言えば、ものすごい引っ張られている。 「……声をかける余裕があるなら片方持ってくれ」 その声は低い。 思わず藤内は引いた。 「僕らじゃ左門と三之助の手綱は取れないよお」 「だろうな」 泣き言を言う数馬の横で、孫兵がさらりと同調した。 もう作兵衛の目には涙が浮かびそうだ。 と、辛そうな顔をしている作兵衛を見て、左門と三之助が戻ってきた。 「どうしたんだ、作兵衛」 「どっか痛いのか」 作兵衛は言いたいことが山ほどあるような気持ちと、 もう何も言いたくないような気持ちにはさまれて、そして結局何も言わなかった。 ただ、返事の代わりにしっかりと縄を握りなおす。 「のんきなものだな」 「全くだ」 一年生を起こさないように静かに、それでも和気藹々と話しこむ忍たまたちを見て、 木下と野村が頷きあう。 そこへ、近辺の偵察を済ませた山田と厚着が戻ってきた。 「近辺に異常はありませんな」 「ひとまず大丈夫でしょう」 それから、忍たまたちを見て、はあ、とため息をつく。 「ほっほっほ、まあいいじゃろ。こんなこともある」 そんな教員達を見ながら、学園長が高らかに笑った。 それにつられて、教員達も小さく笑う。 「色んな体験をして、色んなことを考えてゆけば良い。学園は、そのためにあるのだ」 戸部がそうまとめる。 土井も、それに頷いた。 「今しばらくは、見守ってやることにしましょう」 忍を目指す、子供達のひと時の談笑を。 教員達も、警戒は怠らないものの、適当に話しながら帰路を取った。 日は完全に暮れ、辺りは殆ど闇に包まれる。 それでも、学園に着くまで、小さな話し声が絶えることはなかった。 帰り道にて (平和だなと誰かが呟いた)