“お前はひとりで死ぬ” そう、三郎は言われたことがある。 誰だったか、三郎にも思い出せなかった。 どこで出会ったどういう者なのか。 ただ、その言葉だけが強く印象に残っていた。 その時、三郎は少しばかり納得してしまったものだった。 なぜなら、三郎は誰にも素顔を晒していない。 ずっとずっと、他人の顔ばかり借りて生きている。 時には親友の顔を。 時にはすれ違った村人の顔を。 時には、敵対している忍の顔を。 だから、もし、死んだとしても。 誰も、自分だと気付かないかもしれない。 そういう意味では、三郎は“ひとり”だった。 三郎は自らの頬に手をやる。 「この顔は偽り」 確認するように撫でる。 確かに、それは三郎自身の顔ではない。 だが、一方では間違いなくそれは“三郎の顔”なのだ。 「けれど」 三郎は、手で顔を覆いながら、その下で笑った。 「この“心”まで偽ったつもりはないぞ」 「……ろう!そこにいるんだろ!」 ふ、と三郎は意識を取り戻した。 眠っていてしまったらしい自分に、三郎は自分で驚いた。 声をかけられるまで気付かないとは、忍失格だと小さく笑う。 それからようやく、声のした方を見る。 三郎が寝床にしていた、木の根元に……見慣れた顔があった。 「何だ、ハチか」 「何だとはなんだ。失礼な奴だな」 八左ヱ門が少し三郎を睨みつける。 それからすぐに、まあいいやと笑った。 「兵助と勘右衛門がおつかい帰りに団子を買ってきてくれたんだ。みんなで食べよう」 三郎は木から降り立つ。 八左ヱ門が満足そうに笑ってから、先立って歩き出した。 三郎が少し小走りに走ってそれを追いかけた。 「ハチ」 「なに、ってどぅわ!」 三郎に呼びかけられ、八左ヱ門が何気なく振り返る。 そこにあった顔に、思わず叫び声をあげた。 それは、五年い組の実技担任、木下鉄丸の顔だった。 「お前、先生の顔見て悲鳴を上げるなんて失礼だぞ」 「その顔で人を驚かすお前は失礼に当たらないのか!」 三郎の理不尽な物言いに、八左ヱ門が言い返す。 三郎はさてな、と笑った。 そうこうするうちに、五年の長屋についた。 ろ組の廊下、三郎と雷蔵の部屋の前で、三人がのんびりとお茶をすすっている。 「あ、来た来た!ハチ、三郎を見つけてきてくれてありがとう」 木下の顔だったのにも関わらず、雷蔵は二人を見つけるなり笑顔で手を振った。 その声に気付いた兵助と勘右衛門も、視線を向けて微笑む。 三郎は、雷蔵の顔に戻った。 「団子を買ってきてくれたそうだな?」 「ああ。新商品が出たらしい」 「それで、おつかいが終わったら足を伸ばして買いに行こうって、兵助と計画を立てたんだ」 雷蔵が、二人の分のお茶も入れてくれた。 二人も、適当に長屋の廊下に腰掛ける。 それから、い組の二人が買ってきた団子を、全員に分配した。 「へえ、美味しそうだな」 「でしょ?」 わくわくとしながら、各々団子を口に入れる。 すぐに、美味しい、と声が漏れた。 「期待の新商品と銘打つだけあるな」 「足を伸ばして買いに行った甲斐があったね」 「本当に美味しいよ。ありがとう、二人とも」 「サンキュな」 雷蔵と八左ヱ門が二人に礼を言う。 三郎は口に入っていた団子を飲み終えてから、それから少し口角を吊り上げて。 「ああ、本当に美味い。ありがとう」 「どう致しまして!」 勘右衛門が嬉しそうに笑う。 そこで八左ヱ門が名案を思いついたとばかりに手を叩いた。 「なあ、今度は五人で食べに行こうぜ!町からそう遠くないんだろ?」 「まあ、おつかいのついでに行って来れるくらいだから」 「いいね、今度の休みにはみんなで行こう」 「三郎も大丈夫?」 雷蔵が尋ねると、三郎はくっくっく、と喉の奥で笑い声を上げた。 四人が首をかしげて三郎を見る。 それから三郎は声を上げて笑った。 「どうしたの、三郎?」 「いや、何。杞憂にすらならんな、と」 「はあ?」 全く脈絡のない文章に、八左ヱ門が盛大に疑問符を浮かべた。 三郎はまだ笑っている。 「こっちの話だ。もちろん大丈夫だよ。 その日は確か学園長は客人と会う予定だったはずだから、委員会も入らなかろう」 「ならいいけど……変な三郎!」 笑い続ける三郎につられて、雷蔵もくすりと笑った。 それにつられるように、残りの三人も次々と笑い出す。 最後には、五人で笑い合っていた。 (私は“ひとり”かもしれんが、“独り”ではない。 こうして肩を並べて笑い合える友人たちがいるのだ) 気持ちのいい笑い声が、透き通った青い空に響く。 (“私の顔”を見てくれる者たちがいるのだ) 三郎は、みんなの笑い声に紛らわせるように、小さく呟いた。 「ざまあみろ」 正直者の騙し狐 (その言葉は、どこの誰かも分からぬ愚か者へ)