その日、用具委員は学園から少し離れた村に来ていた。

目的は、その村で作られる、とある茶碗を学園長に届けるため。

大変評判がいいらしく、学園長がぜひ一つ、と用具委員にお使いを頼んだのだ。

正確には、注文に向かうのだけれども。

用具委員だったのは、たまたま、その日委員会がなかったのは、用具委員会だっただけ。

それでも、委員会の中でも大変仲がいいといわれるほどの用具委員たちは、

みんなで出かけられるということに喜んでいた。

約一名は非常に微妙な表情だったけども。

「こいつら連れて、遠くの村までか……」

その約一名に該当する作兵衛は、こっそりぼやいた。

彼とて、用具委員会もとい用具委員が嫌いなわけではない。

むしろ好きなくらいだ。

多少いらっと来ることはあれど、それでも何だかんだで一年生たちがかわいいことは確かだ。

確かなのだが。

「せんぱーい、帰りに団子食べていきましょ〜」

「ナメさん探しに行きましょ〜」

「ふ、二人とも、だめだよ、学園長のお使いなのに」

「夕食時までに帰ればいいんだ。多少の寄り道なら大丈夫だろ。まあ、遅くなりすぎたらだめだけどな」

どうにも緊張感のない一行に、しょっちゅう怒りたくなるのも確かだ。

食満先輩まで、と若干恨みがましそうな目を向ける。

その作兵衛の足元に、重いものが激突した。

「あでっ」

思わず作兵衛も声を上げる。

見れば、用具委員最小ながら最重量に近い体重を誇る、しんべヱが、作兵衛の足にしがみついていた。

「富松先輩は何味がいいですかあ?」

それまでの話を殆ど聞き流していた作兵衛でも分かった。

団子の話だ。

にっこぉ、と擬音語が聞こえてきそうなほどの、緩んだ笑顔に、作兵衛は一つ息をついた。

「餡子」

そして結局、こうして折れてしまうのだ。


「ええ?材料が足りない?」

村に着いてみれば、材料がなくて作れない、といわれてしまった。

「ああ、ちょうど、昨日ほどに大量注文があって、材料を使い切っちまったところでね。

今度若い衆集めて採りに行こうかと思っとったところだ」

「運が悪いっスね」

「伊作の不運が移ったかな」

留三郎が冗談にならない冗談を言う。

作兵衛はなんともいえない引きつった表情を作った。

材料があれば、明日には出来る、と聞き、

二人はならばこれから材料を取ってくると、地図を差し出して、材料が取れる場所を教えて貰った。

その後ろで、一年生の三人が通りがかった老婆に話を聞いていた。

「坊や達、森に行くのかい?」

「そうみたい、です……」

詳しい説明を受けている二人を見ながら、平太が頷く。

すると、老婆は少し声を小さくして言った。

「ならば、花鳴りの森には気をつけなさいね」

「花鳴りの森?」

「何ですかぁ、それ?」

聞き覚えのない名前に、三人が首を傾げる。

老婆は、後ろに広がる山を指差す。

「山のどこかにあるという、鈴の音のような音を鳴らす花がたくさん咲いている場所よ。

誰も場所は知らないけれどね」

老婆がそこで言葉を切った間に、しんべヱと喜三太が声を上げた。

「鈴の音だって!」

「そんな花があるんだね、初めて聞いた!」

平太が、老婆の話の続きを聞こうとしたとき、話を聞き終えた留三郎が三人を呼んだ。

「おーい、お前ら!行くぞ!」

「気をつけなさいね。――――」

その声の後、老婆は何事かを言ったのだが、その声は、聞こえなかった。

「はーい!」

「今行きまーす!」

元気に返事をした、しんべヱと喜三太の声が重なって。

老婆は、微笑んでそのまま行ってしまったため、平太はその部分を聞き返すことができなかった。

「平太、何してるの、行こう!」

「……うん」

気になったものの、呼ばれて平太は駆け寄っていった。


地図に記されたあたりで、主に留三郎と作兵衛が材料を採っていく。

たまに一年生達が見つけ、留三郎がそれを褒めたりしていた。

「っはあ、なかなか大変ですね」

一度立ち上がって、作兵衛が曲げっぱなしだった腰を伸ばす。

抱えている籠には、それなりの量のものが詰まっていた。

「ああ、でもなかなか面白い。今度、陶器の作り方も教えて貰うか」

屈んでいた留三郎も一度立ち上がる。

どうやら陶器に興味を持ったらしい。

どうせ、委員会の茶菓子の入れ物でも作るんだろうな、と作兵衛はその使い道を想像して、苦笑した。

そこで、ふと、気になった。

一瞬何が気になったのか、作兵衛自身も気付かなかったが、

あたりを見回して、足りないものがあることに気付いた。

「あれ?しんべヱたちは?」


あの賑やかな声が、しない。