「くそ、あいつらどこまで行ったんだ」 ふと目を離した隙に見えなくなった一年生を探して、留三郎は森の中を歩いていた。 森の中で逸れては大変、ということで、 作兵衛も視界に入るくらいの位置で一年生達、もしくは彼らが通った痕跡を探している。 しかし、今のところ芳しい成果は得られなかった。 一度作兵衛が戻ってきた。 「見つかりません。この辺りは通っていないのかもしれないですね」 「ああ」 動き回って、かいた汗を拭う。 もう三十分はこうして探し回っている。 時間が経てば経つほど、何かよからぬことに巻き込まれているのでは、という不安が強くなる。 いかんせん、あの三人のうち二人は、 学園内でもトラブルを起こすことに関しては天才的な一年は組の生徒なのだ。 そういう可能性も十分ある。 早く見つけなければ、と、はやる心を抑える。 自分は最年長なのだから、と、留三郎は隣のやはり焦っているだろう作兵衛を見やる。 「少し場所を変えて……」 と、留三郎が言いかけたところで、少し向こうに人影が見えた。 留三郎の言葉が切れたのを見て、作兵衛も頷く。 身長から探している三人ではないのだろうが、何か知っているかもしれない。 二人は、その人物に駆け寄った。 「あの、すみません」 「んあ、あんたら見かけない顔だな。どした?」 どうやら男は、山に山菜を採りに来たらしい。 その背の籠には、野草やらキノコやらがどっさりと入っていた。 「この山には、陶器の材料を取りに来たのですが……連れの子供が三人、逸れてしまったんです。 見かけませんでしたか?」 「ああ、麓のおっちゃんの手伝いか?子供、三人ねえ……見てねえなあ」 彼らが茶碗の製作を依頼した職人を知っているらしい。 男は納得したように頷いてから、宙に視線をやる。 それから出てきた言葉に、留三郎はそうですか、と目を伏せる。 男は、それからからかうような口調で続けた。 「もしかしたら、花鳴りの森に魅入られてたりするかも、なんてな」 聞き覚えのない名詞に、留三郎も、留三郎に視線で尋ねられた作兵衛も、首をかしげた。 「なんですか、花鳴りの森というのは」 「与太話だぜ? この森のどこかに、鈴のような音を鳴らす花が咲く場所があって、そこに迷い込むと、 その音に惹かれて二度と戻ってこられないっつー話だ。 まあ、神隠しの一種だな」 二人の顔がやや引きつる。 男は続けた。 「って言っても、俺ァ何度もこの森には来てるが、そんなもの、見たことも聞いたこともねえ。 どこの誰が流した噂か知らないが、ま、つまらん話だよ」 男はそういうと、日暮れまでに見つけてやんなよ、と言い残し、去っていった。 その姿が見えなくなる頃に、それまで固まっていた二人は、合図もせず同時に走り出した。 「しんべヱ!喜三太!平太!」 「いたら返事しろ!」 先ほどより声を大きくしながら、叫ぶように走る。 二人の頭の中では、先ほどの話がこびりついていた。 神隠しの話。 それは、確かにただの迷信なこともある。 だが、本当に、起こったこともあるのだ。 本当に、人がいなくなったことがある。 文字通り、神にでも隠されたかのように。 それに、そんな話があるということは、少なくともそれに近しいことが起こった可能性が高いのだ。 森の内部が伝わっていることからすると、帰ってきたものもいたのかもしれない。 だが、帰って来ないいうと話が伝わっていることからすると。 本当に、帰ってこなかったものがいるかもしれないのだ。 そして、彼らがそこに迷い込んでいないとは、言えないのだ。 その可能性を思うと、ぞっとした。 震えそうになる声を、作兵衛は必死に抑える。 大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。 先輩もいるんだ、必ず見つかると呪文のように唱える。 あの、いつも無駄に心配をかけさせる後輩たちのことだ。 きっと、どこかで迷ってるだけで、疲れて座り込んで泣き言を言って。 そして見つけ出した時に、いつものあの緩い笑顔で笑ってくれると。 くれると。 信じて。 「応えろよ……っ!!」 祈るような叫びが、森に木霊した。