「あっれえ、花鳴りの森、終わんないね」

「こんなに歩いたっけ?」

「どうだったかな……」

引き返して十数分、三人はいつまでも終わらない森に、首をかしげた。

正確には、鳴る花の景色が、終わらない。

「迷っちゃったかな」

「どっちに行けば帰れるのかなあ」

喜三太がきょろきょろと見渡した時、一つ、それに応じる声が響いた。

「こっち」

「?」

「あれ?」

確実に、自分達のものではない、やや高い声が響いて、三人は声の方に向いた。

そちらに、三人の進行方向からは右斜めの方に指を指した、少女がいる。

三人は森に入って初めて見かけた人に、駆け寄った。

「お姉さん、誰?」

「道分かるの?」

聞くと、少女はやや微笑んで、頷いた。

先導するように歩き出したので、三人はそれについて歩く。

「お姉さん、ここにはよく来るの?」

頷く。

「あれえ、じゃあ、おばあさんの、誰も場所を知らないっていうのは、嘘かなあ」

「知っている人を知らなかったら、そういうことになるんじゃない?」

喜三太が首を傾げるのに、平太が応える。

しんべヱは懐から飴を取り出した。

「歩くと疲れるでしょ。食べよう」

と言って、飴を配る。

喜三太と平太は喜んで受け取ったが、少女はゆるりと首を振った。

「あたしは、いらないから。あなたたちでお食べ」

「いいの?」

しんべヱが聞き返すと、少女は頷く。

少し残念そうに、しんべヱは残りの飴を、また懐にしまった。

飴を食べながら、歩く。

「ねえ、お姉さん、何でここのお花は鳴るの?」

「きれいだよね」

「他の場所では、見たことのない花ですよね」

何度も来ているのならば、知っているのではないか、と三人が尋ねた。

少女は、周りにある花の一輪に触れる。

リン、と、また鈴のような音が鳴った。

「これは、きっと、ここが揺らいでいるから、咲くの。ここでしか咲かないの」

前半の意味は分からなかったもの、後半の意味は、三人にも分かった。

「そっかあ、じゃあやっぱり先輩には持って行けなかったのかもね」

「しんべヱの言うとおりだったね」

「また来れるかなあ。今度は先輩を連れて」

喜三太が言ったところで、少女は足を止めた。

三人が疑問に思って、少女を見る。

「だめ」

「え?」

「ここに……こっちに来ちゃ、だめ」

どうして、といおうとしたしんべヱの耳に、馴染んだ声が届いた。

「しんべヱ、喜三太、平太!」

三人が大好きな、先輩だった。

「せんぱーい!」

「やっと出れた!」

気付けば、あの花は見当たらなくなっている。

三人は、二人の下へ走りよった。

「無事か!?怪我とか、ないか!?」

留三郎が、三人を代わる代わる見やる。

特に目立つ外傷がないのに、ほっと息を吐いた。

作兵衛も、長い長い息を吐く。

「ったく、お前ら今までどこにいたんだよ!」

「花鳴りの森です!」

喜三太の元気な返事に、二人が凍りついた。

三人は次々に口を開いた。

「先輩達が、森の場所を聞いてるときに、村のおばあさんから聞いたんです!」

「鈴みたいな音を立てる花は確かにあったんですけど、持ち出しちゃいけないみたいです〜」

「迷子になったんですけど、案内してくれた人がいて……」

平太はそこで、後ろを振り向いた。

だが、そこに、先ほどまで三人を案内してくれた、少女はいなかった。

ついさっきまで花鳴りの森にいたはずのなのに、例の花も一輪もない。

「あれえ?いなくなっちゃった」

「ほんとだ」

「どこに行っちゃったんだろ?」

その辺りにいるのだろうか、と戻ろうとした三人を、留三郎が掴んだ。

顔が真っ青だった。

それを見て、三人が留三郎に駆け寄った。

「せ、先輩どうしたんですか?顔が真っ青です」

「ろ組みたいになってますよ!」

「疲れたんですか?お腹空いたんですか?飴、食べます?

さっきの人が食べなかったから、まだもう一個残って……」

わあわあと叫ぶ三人を、留三郎は抱え込むように抱きしめた。

訳が分からないながら、三人が留三郎を心配して声をかける。

作兵衛は、腰が抜けたように、その場で座り込んだ。

留三郎を励ましながら、喜三太は、ふと、後ろを振り返る。


あの鈴の音は、もう聞こえなかった。