「これと、それと、ああ、あれも」 「はいはい、これにそれに」 「これだね!」 「ここのめぼしいものはこんなものかな。次に行こう」 「うん」 がらがら、と荷車を引く音が鳴った。 しんべえが引っ張っていて、後ろからそれを押しているのは虎若だ。 虎若は背に火縄銃を二丁ほど背負っている。 そしてしんべヱの隣を、兵太夫が機嫌よく歩いていた。 「いいものはあったの?」 「うん、今日はなかなか豊作。早く戻って組み立てたいよ」 兵太夫は、見るからに楽しそうに笑った。 「兵は本当にからくり好きだもんなあ」 虎若が苦笑しながら、よ、と荷車を押す手に力を込める。 がこん、と石をひとつ乗り越えて、荷車が揺れる。 上に乗っているものを落ちないように固定し直して、三人は再び歩き始めた。 「あ、きり君!」 「ん?あれ、タカ丸さん?何でこの町に?」 アルバイトで犬の世話と子守をしていたきり丸は、耳慣れた声にゆっくりと振り返った。 そして、二秒後に目を見開いた。 「前に来た忍!」 きり丸は少しきつく、タカ丸の後ろにいた雷蔵と、ついでに食満を睨みつける。 雷蔵は慌てて弁解した。 「お、落ち着いて。ほら、今日は三郎いないだろ?話し合いに来てるんだから」 きり丸はじっと雷蔵を睨みつける。 しばらく睨みつけてから、視線をタカ丸に移した。 「タカ丸さんが何で忍と一緒にいるんすか?祖父さんの仕事を継いで?」 「さすがに情報通だねえ。うん、今、ぼくは忍術学園に通ってるんだ。 それでみんなのことを聞いてね、話を聞こうと思って探してたんだ」 あっちの町で、今日は隣町に行ってるらしいって聞いたから、とタカ丸が締めくくる。 きり丸はしばらく黙っていたが、とりあえず警戒を解いた。 「じゃあとりあえず、ここはタカ丸さんに免じておきます。それで、何を聞きにきたんすか?」 少しにらみがゆるくなったきり丸に、タカ丸と雷蔵は小さく息を吐いた。 「ええとね、まず、学園長から手紙を預かってて」 ごそごそとタカ丸が手紙を出そうとして、途中で顔を上げてあ、と声を上げた。 「タカ丸さんだー」 「ほんとだ、お久しぶりです、タカ丸さん。……それからもうあんまり会いたくない人」 「ええと、きり、どういうこと?」 「しん君と兵君と虎君、久しぶり〜」 タカ丸は手を振る。 がらがらと、荷車を引っ張りながら、兵太夫たちが町の中心部に戻ってきたところだった。 しんべヱが一人、手を振り返す。 きり丸が手短に事情を説明した。 時々相槌を打ちながら、兵太夫が頷く。 それから、きり丸の一歩後ろで忍術学園の面々を見上げた。 「それで、何の御用で?」 「これ、学園長から。庄君に渡しておいてくれる?」 きり丸がその手紙を受け取って、まじまじと眺める。 とりあえず、見た目は普通の手紙だった。 「……一応、渡しはします」 きり丸はそれを懐にしまう。 「他には?」 「学園の用事はここまでだから、後はぼくの個人的な用事」 「?」 兵太夫が首をかしげると、タカ丸は途端に顔を輝かせて喋りだした。 「きり君、ちゃんと髪の手入れしてる?痛んでない? せっかく素材がいいんだから、無駄にしちゃだめだよ。 学園って髪の手入れが悪い人がたくさんいて、ホントにもう。 ああ、それからしん君にいい薬を探しておいたんだ。 寝る前にしみこませておけば、少しは寝癖がよくなるんじゃないかな? 試してみてね。他のみんなは元気?乱君は怪我してない?庄君といっけ君に苦労はかけてない? 三君は元気?きさ君のお友達は増えた?金君や団君は強くなった?」 殆ど息を継ぐ暇もなく喋るタカ丸に、後ろにいた先輩たちよりも、きり丸たちが先に笑った。 「変わんないスねえ、タカ丸さん。おれはちゃんと髪の手入れにも気を配ってますよ」 「ありがとー、タカ丸さん」 「みんな元気ですよ。成長期真っ盛りですからね」 「三と相変わらずからくり製作に力を注いでいますよ」 笑いながら話をする五人に、ようやく後ろの雷蔵がほっとしたように笑った。 やりとりをまじまじと見ていた留三郎も、不思議そうに苦笑する。 「俺にはただの子供にしか見えないんだが」 「ただの子供なんだと思いますよ。きっと。きっとね」 それからしばらく、タカ丸たちは適当に話し込んでいた。 少しして、あ、ときり丸が声を上げる。 「オレ、そろそろ散歩と子守のバイト終わる時間だ。 駄賃貰ってくるから、ちょっと待っててくれ。タカ丸さん、また!」 と言って、ばたばたと走っていった。 その際、ちらりと兵太夫と目配せする。 兵太夫は小さく頷いて同意を示した。 「きりが戻ってきたら、ぼく達も帰るんで。手紙は、確かに預かりました」 「お願いね」 タカ丸が頷く。 それから、あ、と手を叩いた。 「忘れるところだった。ええと」 タカ丸は一つの包みを兵太夫に差し出す。 兵太夫は少し躊躇ってから、それを受け取った。 「何ですか、これ」 「兵、これ、甘いにおいがするよ〜」 怪訝そうに包みを抱える兵太夫に、しんべヱが鼻をひくつかせながら擦り寄る。 「甘いにおい……菓子ですか?何で?」 虎若が尋ねると、タカ丸はにっこりと笑って。 「お餞別。今朝、学園のおばちゃんに作って貰ったんだ。美味しいよ。みんなで食べてね」 兵太夫はしばらく包みを睨み、目を輝かせているしんべヱを見てから、その包みを丁重に風呂敷に包んだ。 「頂いておきます。ありがとうございます、タカ丸さん」 「お待たせ〜」 その時、駄賃を貰ってきり丸が戻ってきた。 兵太夫が抱えた包みに一度首を傾げたが、 すぐ傍でしんべヱがよだれをたらさんばかりの顔をしているのを見て、察したらしい。 何も言わなかった。 「それじゃ、オレたちは帰りますんで」 「色々ありがとうございました」 「タカ丸さん、またね〜」 「あ、しん、前を向いて歩いてよ!」 来た時と同じように、しんべヱが荷車を引き、虎若がそれを押し、 しかし兵太夫の腕の中には包みが加えられ、そしてきり丸が先頭に立って、子供達は去っていった。 タカ丸は手を振って、それを見送っていた。 「みんなによろしくね〜!」 姿が見えなくなってから、ようやく殆ど放置状態だった先輩達の方を振り向く。 「ね、面白い子達でしょ?」 「ああ、うん」 「そうかも」 いきなり聞かれて返答に困った食満は無難な答えを、雷蔵は笑いながら答えた。 用事を終えたことで、帰路を取りながら、食満は不思議そうに首をかしげた。 「しかし、驚いたな」 「何がですか?」 「さっきと同じだ。まさか、あんな子供が五年生のお前達を捕まえたことが信じられなくてな」 まがりなりにも、忍の訓練を五年も受けた忍のたまごを、しかもその中でも優秀な二人を。 とてもあのはしゃいでいる子供たちとは到底結びつかない、と食満は締めくくった。 「僕も、未だに捕まったことが信じられないくらいですよ」 雷蔵も同意する。 それほどまでに、子供たちはひたすら無邪気なものであった。 若干名、警戒を顕わにしている者もいたが。 子供たちを一番よく知るタカ丸が、楽しそうに笑った。 「兵君と三君の真髄はからくりだからね。見た目からは分からないかも。 二人も、からくりに引っかかったんでしょ?」 「うん。材料はともかく……見事なからくりだったよ」 粘着力のある液体(のようなもの)の正体を思い出し、雷蔵は苦笑いした。