叫んだのは、しんべヱだった。 その叫び声で、部屋の全員の動きが鈍くなった。 「止めて……みんなを、傷つけないでよぉ……っ!!」 涙混じりのその声が終わる前に、兵太夫は少し離れたからくりを作動させ、 前三人の忍の動きを止めた。 「くっ」 「このぉ!」 忍の一人が苦し紛れに一つ手裏剣を投げたが、 それは彼らのさらに後ろから飛んで来た手裏剣によって阻まれた。 それから、蛙がつぶれたような音がして、 兵太夫のからくりが捕らえ切れなかった忍が倒れた。 「誰だ!」 きり丸が短刀を構える。 「お、おいおい、待て!俺たちだ、俺たち!」 現れたのは、地階にいた八左ヱ門たちで、 大勢の忍に襲われているだろう面々を助けるため、駆けつけてきたのだ。 忍を昏倒させたのが八左ヱ門で、手裏剣を投げたのが雷蔵のようである。 「みんな、大丈夫!?怪我はない!?」 その後ろからタカ丸が心配そうに顔を覗かせたので、きり丸はとりあえず短刀を下げた。 と、どおん、と重い音が響き渡った。 「しんべヱ!」 「大丈夫!?」 音は、体重の重いしんべヱが倒れた音で、全員があわててしんべヱに駆け寄る。 駆け寄ってから、兵太夫が三人に振り向いた。 何を言うのかと身構える三人に、兵太夫は呟くように言った。 「……話は後です。そこをどけて下さい」 怪我人を救護室で手当てし、倒れたしんべヱを寝かせて、 顔色が悪い者も休ませて、襲ってきた忍を拘束して全員地下牢に閉じ込めてから、 上の階の空き部屋で、兵太夫は八左ヱ門たちと相対した。 「言いたいことは色々あるでしょうけど、何も言わずに立ち去ってください」 しばし沈黙が続いた後、兵太夫はきっぱりと言った。 身もふたもない言葉に、八左ヱ門と雷蔵が顔を見合わせる。 「僕たちも攻撃されたんだ。もうちょっと説明してくれないかな」 「じゃないと、余計に学園はお前らを放って置けないぜ。 あれだけの忍が、こんなところを襲ってくるんだから」 雷蔵と八左ヱ門が説得を試みたが、兵太夫は立ち去ってください、と繰り返すばかりだった。 仕方なく二人は、タカ丸に視線を送る。 タカ丸が小さく頷いて切り出した。 「兵君、何か困ってるんなら聞くよ。学園だって、きっと力を貸してくれるから」 兵太夫は僅かに怯んだが、それでもきっぱりと、 だが八左ヱ門たちに向けるているものよりは優しい声音で。 「これは、僕たちの問題で、 僕たち自身が僕たちの力だけで解決しなければならない問題なんです。 でないと、何も終わらない」 兵太夫が強く拳を握り締める。 一歩も譲る気はない様子の兵太夫に、八左ヱ門と雷蔵はもう一度顔を見合わせた。 それから、矢羽音で言葉を交わす。 『これは話してくれそうにないぞ』 『でも、話してもらわないと僕らも困るしね』 『学園に報告して、指示を仰ぐか』 『それがいいよ。もしかしたら、さっき襲ってきたあの忍たちについても、 学園長先生辺りが何か知ってるかもしれないし。 でも、また新手が襲ってくるかもしれない。 僕とタカ丸さんはここに残らせて貰うから、ハチ、行って来てくれる?』 八左ヱ門はしばし考えてから、それを了承した。 「俺たちはそのことを学園に報告に行く。急を要すから、俺一人で行きたいんだ」 「迎えが来るまでの間、タカ丸さんと一緒にここで待たせてもらえないかな?」 八左ヱ門と雷蔵の提案に、兵太夫が考え込むように黙った。 大分時間が空いて、頷く。 「……分かりました。ただし、お二人には必要以上は部屋から出ないで貰います。 食事は持ってきますから」 「分かったよ」 「ちょっと退屈だけど……待ってるよ」 雷蔵とタカ丸が頷いたのを確認してから、兵太夫は近くの管に声をかけた。 「きり、動けるか?客人が一人、森を出る。送っていってやって」 すぐにその管から了の返事が返ってきて、大して時間をおかず、きり丸が現れた。 「お帰りになられるのはどちら様ですかー?」 「俺、俺」 八左ヱ門が手を上げながら立ち上がる。 それからきり丸について、出て行った。 足音が聞こえなくなる頃に、兵太夫も腰を上げる。 「僕もやることがあるんで失礼します。便所はここを出て左の突き当たりです。 何か用事があったら、そこの管に声をかけてください」 そういい残して、兵太夫は部屋を出て行った。 それを見送ってから、雷蔵が大きく息を吐く。 「タカ丸さんは知らないんですか?どうしてあの子達が狙われてるのか」 「うーん、聞いたことないなあ。あ、でも」 思いついたように指を立てたタカ丸に、雷蔵が少しだけ急き込んで尋ねた。 「何か?」 「あの子達は、どんなに遅くなっても、怪我をしていても、必ず帰っていくそうだよ。 子供達だけで生活してるって聞いて、 何人かの人が町で暮らすように勧めたらしいんだけど、それも断ったんだ。 もしかしてそれって、今回みたいなことに、町の人を巻き込まないためだったのかなあ」 兵太夫は部屋を出た後、喜三太のいる救護室に向かった。 そこでしんべヱを看ていた喜三太に声をかける。 「きさ、さっきの伝令聞こえた? きり丸が客人を森の外に案内して行ってる。 何かあったらサポートするように、動物たちに伝えてくれる?」 そういうと、喜三太はうん、と頷いて立ち上がった。 その声色には元気が無い。 部屋を出る直前、兵太夫に背を向けたまま、喜三太はぽつりと呟いた。 「ねえ、兵太夫。いつまでこんなことが続くのかなあ」 本名で呼んだ喜三太を咎めることはせず、兵太夫は答えた。 「僕らが僕らでいたいと思う限りさ」