八左ヱ門が忍術学園にたどり着いたのは、日が暮れ始めた頃だった。

「あれ、八左ヱ門君。早かったね〜」

入り口を開けた秀作は、八左ヱ門の後に誰も続かないのを見て、首を傾げた。

「あれ、雷蔵君とタカ丸君は?」

「二人はまだ向こうです。

すみません、小松田さん、俺急いでるんで、早く入門票書かせて下さい」

八左ヱ門の迫力に負けて秀作が入門票を差し出すと、

八左ヱ門は殆ど走り書きで署名し、押し付けるように秀作に渡して、

それから学園長室に向かって走っていった。


「……あの、これどういう状況なのか、説明して貰ってもいいですか?」

目的地に着いて、八左ヱ門が搾り出せたのは、その言葉だけだった。

学園長室の前で、盛んに出せと叫んでいる例の子供達。

それを取り囲む、教師達。

どう考えても話し合いの最中とは思えないその状況に、

急いでいたはずの八左ヱ門は思わず足を止めた。

「いいから行かせろよ!」

「三の勘は当たるんだ!絶対、向こうで何か起きてる!」

「向こうにはこちらの忍もいる。落ち着きなさい」

「信用できるか!」

「嫌な予感が、消えない……お願いですから、行かせて下さい!」

教師達が説得しているようだが、全くそれは功を成さず、子供達は叫ぶばかりだった。

そこでようやく、その様子を眺めていた学園長が八左ヱ門に視線を向ける。

「で、どうしてお主は戻ってきたのじゃ?」

聞かれて、八左ヱ門は話すかどうか、躊躇した。

今、目の前には、襲われた子供達の仲間がいる。

話すことで、どんな反応をするのか予測がつかない。

「……少々、今この場で話すのは躊躇われるのですが」

大分迷った後、そういうと、学園長は一度子供たちを一瞥してから。

「構わん。話せ」

それでも躊躇う八左ヱ門に、学園長は今度は視線のみで促す。

少しして、八左ヱ門は意を決して口を開いた。

「数時間前、雷蔵と、タカ丸さんと共に、無事に彼らの居住へとたどり着きました。

しかし、その直後、プロの忍たちの襲撃を受けました」

「!!」

「襲撃!?」

「一年生と同じくらいの子供達だろう!?

何でそんな子供達がプロの忍なんかの襲撃を受けるんだ!?」

驚いたのは、教師達だけでは無い。

叫んでいた子供達も、青ざめて目を見開いた。

「襲……撃!?」

「まさか、またあいつらが!?」

「何でこんな時に限って来るんだよ!」

「嫌な予感は、これだったんだ……っ」

「聞いたでしょう。仲間達が危ないんです、出してください」

むしろ先ほどよりもいっそう声を荒げて、子供達は学園から出すように迫った。

学園長が冷静に、八左ヱ門に続きの報告を促す。

「それで?」

「あ、はい。何が起こっているのかはよく分からなかったものの、

俺……私達も撃退に参加しました。

と言っても、半分以上は、既に見事なからくりによって捕らえられていましたけど……」

それを聞き、学園長はふむ、と一度息をついてから、子供達に向き直った。

「聞いたじゃろう。お前さんらの仲間は無事のようじゃ。じゃから落ち着けい」

「落ち着いていられっかよ!

第二波が来ないとも限らないし、あいつらが無傷とも限らない!

いいからとっとと出せってんだよ!」

団蔵が痺れを切らしたように地団駄を踏む。

それまであまり声を荒げず、冷静に対応していた庄左ヱ門も、

厳しい目つきで学園長をにらみつけた。

「出してください」

ごちゃごちゃとは言わず、庄左ヱ門はそれだけ言った。

学園長は、八左ヱ門を見、子供たちを見、それから教師たちを見てから、大きく頷いた。

「……いいじゃろう、行ってやるが良い。行かせてやれ」

その言葉に驚いたのは八左ヱ門だけで、教師達はすんなりと道を開けた。

「っしゃ!」

「急ぐぞ、走れ!」

庄左ヱ門が号令をかけて、五人は一も二もなく走り出していった。

それを見送ってから、八左ヱ門は学園長に尋ねる。

「良かったんですか、学園長?」

「とうに、正門に六年生を待機させておるわ。留三郎と仙蔵と伊作をな」

余裕そうに笑う学園長に、八左ヱ門も肩の力を抜いた。

「何だ、そうだったんですか……」

留三郎は前線で戦うのを得意とし、

仙蔵も前線で戦える上に火器の扱いに長けていて、援護を得意としている。

伊作は言わずもがな、手当て役、そして有事には後方よりの援護も担うことが出来るだろう。

子供達の何人かは怪我もしていたようだから、

これでとりあえず安心だと、八左ヱ門も安堵の息をついた。

「ご苦労だったな、八左ヱ門。

雷蔵とタカ丸も、六年が連れて帰ってきてくれるじゃろう。お前は休め」

「分かりました」

まだこれから話すことがある、という学園長を教師陣を置いて、

八左ヱ門は五年生の長屋に戻った。

部屋に戻る途中で、兵助にばったり出くわした。

「あれ、ハチ、戻って来てたのか。雷蔵は?」

一緒に出て行ったはずの雷蔵の姿が見えず、平助が首をかしげる。

「ああ、雷蔵なら……」

と、八左ヱ門が言いかけたところで、その言葉は三郎の声に遮られた。

「何で雷蔵がいないんだ!?」

「うるさい、三郎……」

頭上から現れるなり(屋根の上にいたらしい)わめいた三郎に、八左ヱ門は耳を塞ぐ。

嫌そうに顔を歪めながらも、八左ヱ門は簡単に経過を説明した。

「ちょっと緊急事態が発生して、報告のために、俺だけ先に帰ってきたんだ。

今は六年生が子供たちを追ってるから、その内一緒に帰ってくるだろ」

「何だ、緊急事態って」

三郎が八左ヱ門を睨みつける。

八左ヱ門は後ずさったが、おおっぴらに言うわけにも行かず、

一番近い兵助の部屋に三人で集まった。

これは極秘だからな、と前置いて、八左ヱ門は事情を説明した。

「襲撃にあったんだよ。プロの忍連中のな。あの子供達の力は相当だな。

十人近くを、子供達だけで捕まえたぞ。今のところ、理由も、所属も分からない。

が、子供達の反応を見る限り、心当たりがあるみたいだ」

小声でそういうと、三郎も兵助も軽く目を見開いた。

「襲撃?その子供達って、一年生と同じくらいなんだろ?」

「ああ。まあ、六年生がいるからとりあえずは大丈夫だと思うが」

「雷蔵は、そこに残ってるのか?」

雷蔵を心配して、三郎が八左ヱ門に尋ねる。

「ああ」

八左ヱ門が頷くと、三郎はすぐさま立ち上がった。

「っ私も行く!」

三郎が飛び出そうとするのを、八左ヱ門と兵助で抑える。

「六年が行ってるって言ってんだろ!」

「だが……っ」

尚も雷蔵を心配する三郎が言葉を続ける前に、部屋の戸が開いた。

「久々知……と、鉢屋もいるな。丁度いい」

「木下先生?」

「何か御用で?」

戸を開けたのは、五年い組の担任である、木下だった。

兵助と、八左ヱ門に押さえられている三郎を見て、手間が省けたと、軽く笑う。

「何ですか?」


「お前らに、忍務だ」