五人の子供達は、懸命に走っていた。 たまに息切れをして、止まることはあっても、少し休むとまた走り出した。 「……いっけ」 「うん、庄ちゃん。いるよ」 五人の中心を走る庄左ヱ門と伊助が囁きあう。 ちらりと、伊助が後方にちらりと目を向けた。 「二人……いや、三人、かな。着かず離れず、でも一定の距離を保って追ってきてるよ」 「僕たちのまで着いてくるつもりだろうね」 「うん。どうする、庄ちゃん?」 「……」 走りながら伊助が尋ねると、庄左ヱ門は少し考え込んだ。 それから顔を上げる。 「金」 そして、先頭を走る金吾に呼びかけた。 「何、庄」 周りを警戒しながら走る金吾は、顔は向けずに答えた。 「あと、どれくらいで着く?」 「……四時間ってところかな」 今自分達がいる地点と、居住の位置と、走る速度から考えて、金吾が見当をつける。 庄左ヱ門は、分かった、と頷いた後。 「金、森に入る前に、一度止まって」 「分かった」 少しだけ間を空けたものの、やはり振り返ることなく、金吾は了承の返事をした。 伊助がこっそり庄左ヱ門に尋ねる。 「庄ちゃん、どうするの?」 「大したことはしないよ」 庄左ヱ門が、表情を変えることなく、返事をした。 「ただ、一刻も早くみんなのところに行きたいだけさ」 「……なかなかのペースで走るね」 「そうか?遅いくらいだと思うが」 「お前な、あの子達が一年と同じ十歳だってのを忘れてないか?あの年にしたら、十分早いだろ」 森を駆け抜ける五人を、留三郎、仙蔵、伊作の三人は、少し離れて追いかけていた。 五人は必死に走っているものの、やはり六年生からしたら少し遅いくらいで、のんびりと追いかけている。 「こっちに気付いてるのかな?」 「気付いているんじゃないか?前情報だと、なかなか察しの良い子供が揃っているようだし」 「しかし、察しがいいだけで、プロの忍たちを捕獲などできるものか?」 「からくりに捕まったって五年の双忍が言ってたでしょ。きっとからくりを作るのが得意な子がいるんだよ」 「ほう」 からくりや、罠などをよく作る、作法委員会の仙蔵が、面白そうに笑う。 「それは楽しみだ」 適当に話しながら子供たちを追いかける中、不意に、子供達が足を止めた。 それに応じて、三人も足を止める。 「おや?」 「息を整えてるよ。休憩じゃない?」 ここまでにも、何回か足を止めて休憩している。 それ自体はおかしいことではない。 「いや、今までのペースから考えたら、少し早い……」 留三郎が言い切る前に、やや前方下にいる、庄左ヱ門が森に向かって声をあげた。 「僕たちは急いでるんだ!お願いだよ!力を貸して!」 森の中から、人の気配はしない。 「?」 「誰に言っているんだ?」 何を言っているんだと訝しむ中、ふと、伊作が声を上げた。 「待って、そういえば、鉢屋が」 「何か来るぞ!」 伊作の声を遮って、仙蔵が小声で叫んだ。 どどど、と地を鳴らすような音が響く。 次いで、森の中から大量の動物と虫その他諸々たちが現れた。 「!?」 「鉢屋、動物を上手く使う子供がいるって言ってた!」 「遅いぞ伊作!」 動物達が一直線にこちらに向かってくるのを見て、三人は少し退いた。 動物達が未だ出続けてくる中、子供達だけがその群れの中を泳ぐように、森に入って行く。 「やっぱり、こっちに気付いてたな!」 「どうしよう!」 「毒を持つものがいないとも限らん。一旦退くぞ!」 三人は、子供達から離れ、森から遠ざかるように逃げた。 「いっけ、どう?」 庄左ヱ門が聞くと、伊助はしばらく辺りを見回してから、頷く。 「うん、とりあえず森からは離れたみたい」 「やっぱ追っ手がいたのか」 「さっすがいっけ」 「今のうちに急ごう!」 先頭を走る金吾、その少し後ろの三治郎、最後尾の団蔵の声に応じて、庄左ヱ門が頷いた。 「うん、急ごう!」 それから森を駆け抜けるように走って、見慣れた建物が見えたとき、 五人は入り口で一度止まって息を整えた。 それから、入り口近くの管に話しかける。 「みんな、大丈夫!?」 「帰ってきたよ!」 「誰でもいいから、返事して!」 すると、少し間が空いてから。 「……おっそいんだよ、馬鹿やろーっ!」 と、管の向こうから、耳が痛くなるような大声が帰ってきた。 「兵ちゃん!」 三治郎が嬉しそうに答える。 続いて、何かの動く音がした。 「道のからくりは解除した。とっとと入って来いよ」 頷いて、五人は歩いて、建物の中に入った。 「兵ちゃんはきっとからくり部屋だよね。ぼく、地下に行ってくる」 と、真っ先に三治郎が別れ、他の面々は救護室にいるというので、残りの四人は救護室に向かった。 「みんな、大丈夫?」 急いで覗き込むと、最初にきり丸と虎若が返事をした。 「大丈夫かって言われると、そうとは言いきれないな」 「とりあえず、生きてるよ」 二人は乱太郎に傷の手当を受けていた。 庄左ヱ門がそれをじっと見る。 伊助は手当てに参加した。 「やっぱり、怪我、したのか」 「うん、今は包帯の取替え中なんだ。大丈夫、みんな大きな怪我はしてないから」 乱太郎が、きり丸に包帯を巻きなおしながら答える。 取られた包帯には、じんわりと血がにじんでいた。 「金吾、無事だった?」 「それはぼくのセリフだよ!喜三太、怪我はないな!?」 「うん、みんなが守ってくれたから」 喜三太に詰め寄った金吾に、喜三太が少し弱々しげに微笑んだ。 それから、目の前に横たわっているしんべヱに視線を移す。 「しんべヱ……?まさかあれを?」 「……うん、しんべヱ、また倒れちゃった」 しゅん、と落ち込んだ喜三太の頭を、金吾が撫でた。 それを視界に入れながら、庄左ヱ門は努めて冷静に尋ねる。 「きり丸、簡単に経緯を教えて」 「大体は兵太夫と三治郎のからくりに引っかかった。 あそこ通って逃げようとしたけど、五人くらい追いついてきて……逃げ切れなかった。 結果を言えば、しんべヱの叫び声で一瞬奴らが動きを止めて、 その隙をついて兵太夫のからくりと……あと、タカ丸さんと一緒に来た忍二人が襲撃者をしとめた。 今は地下牢に拘置してる。 忍の一人は事態の報告にそっち行ったろ? タカ丸さんたちは、二階の客室にいて貰ってる」 きり丸の問いに、庄左ヱ門は頷いた。 「ああ、それで僕たちは、何が起きているかを正確に知って、戻ってきたんだ」 その言葉の一部に、虎若が首を傾げた。 「正確に?」 その疑問に答えるために、庄左ヱ門がもう一度言いなおす。 「三治郎が嫌な予感がするって言っていたから、 本当はもっと早く戻りたかったんだけど、学園がなかなか出してくれなかった」 「……あいつら……」 ぎり、ときり丸が拳を握り締める。 「それから、学園から三人、追いかけてきた奴らがいる。 森に呼びかけて足止めしてもらってはいるけど……そのうち追いついてくるだろう」 「タカ丸さんたちを迎えに?」 「それもあるかもしれないけど……一番の目的は、僕たちに話を聞くことだと思う」 庄左ヱ門がそう言った時、カラン、と鐘が鳴った。 全員がきり丸に注目する。 きり丸は少しの間、目を閉じた後、苦々しげに吐き出した。 「……噂をすれば、だぜ」