「……もういいかな、全員止まれ!」 高々とされたその宣言に、走っていた子供たちはようやく息を止めた。 「はーっ、はーっ」 「ぜっぜっ」 「ったく、金、オレは虎のとこ行って周りを見てくるから、二人を頼むな」 「ん」 懸命に肩で息をしている二人を見て、金吾は頷いた。 「……」 「虎、追手は?」 「いないみたいだ。きりの方は?」 「……特に異常なし」 きり丸はするすると木を登ると、その上で辺りを警戒していた虎の隣に並んだ。 それから互いに周囲の安全を確認し、頷きあう。 「下降りて、帰ろうか」 「うん、帰ろう」 危なげなく木から下りて、二人は仲間達の下へと戻った。 「どうだった?」 二人に気付いて、辺りを警戒していた金吾が顔を上げる。 「異常なし。大丈夫だろ」 「そっか」 それを聞いて、金吾もほっとして、気を抜いた。 それから今度は握りこぶしを作って、まだ息を荒くしている二人に一発ずつお見舞いする。 「いたっ!」 「っ!」 二人は当てられたところを押さえながら、上目遣いで金吾を見た。 「これくらいで済んでよかったと思え!全く、いつも自分達だけで家を離れるなって言ってるだろ!」 「金の言うとおりだぜ。手間かけさせんなよ、全く」 きり丸も一緒になって言う。 「う〜」 「ごめんなさい、金、きり」 まだ不満げな二人を見て、間に虎若が入った。 「まあ、とりあえずそこまでにしとこう。まずは家に帰って、みんなを安心させないと。 きっと心配してるよ」 「それも、そうか」 「後はいっけに任せよう」 虎若の仲裁に二人は頷いて、それからしんべヱと喜三太の手を引いて、歩き始める。 「で?今度は何で家を離れたの」 手を引かれながら、ようやく息を整えてきた二人が答えた。 「離れたって言うか、離れちゃってたというか」 「あのね、しんと一緒にナメさんを追いかけてたの。それで夢中になって……」 「あんなとこまでか」 「うん」 「ったく……」 ほとんど予想通りの話に、きり丸は嬉しくないため息をついた。 虎若は苦笑している。 「それで?捕まえたの?」 「うん!五匹捕まえたんだ。家に帰ってから、みんなで名前を考えようと思って」 「また?何匹考えれば気が済むんだよ」 今度は金吾がため息をついた。 だがそれは、既に苦笑のため息になっている。 同じく苦笑いになったきり丸がフォローを入れた。 「喜三太にとっちゃ、ナメクジは家族だもんな」 「うん!」 喜三太がにっこり笑う。 それにつられて、しんべヱも笑った。 「家族がたくさんだね」 「うん、たくさんたくさん!みんな、寂しくない」 「はいはい」 もう笑うしかなくて、みんなで声を立てて笑った。 「ただいまーっ!!」 「ただいまー」 「お帰り!」 「おかえりなさい」 一番にしんべヱと喜三太が言って、入り口で待っていたらしい二人が、応えた。 「その様子だと、いたって無事みたいだな」 「しんべヱ、喜三太、怪我はない?」 ほっとしたらしい団蔵と、救急箱を持った乱太郎が言った。 「乱太郎、何箇所かすりむいたみたいだから、消毒だけしてやって」 きり丸が報告して、乱太郎は頷いた。 それから二人の怪我の状態を良く見て。 「怪我は擦り傷だけみたいだけど……数が多いね。救護室に行ってやろうか」 「うん」 「分かったあ」 三人で、とたとたと歩いていく。 それを見送ってから、団蔵は残っていた二人を見る。 「なんかあったのか?」 「どっかの誰かの戦いに巻き込まれたみたいだ。擦り傷だけでよかったよ、ほんと」 「これから庄左ヱ門に細かいことを報告に行こうかと」 「そっか。じゃオレは、兵太夫と三治郎に二人が帰ってきたこと、報告に行ってくるよ」 「おう、いってらっしゃい。あ、煙玉、役に立ったって言っといて」 「了解!」 走り出した団蔵を見送って、二人は庄のいる作戦会議室に向かった。 「ただいま、庄左」 「お帰り、大した怪我もなさそうで何より」 何かの本を読んでいた庄は、それを机において二人を出迎えた。 タイミングよく、伊助が五人分のお茶を運んでくる。 「うん、良かった」 「でもみんなに心配かけたことには変わらないんだ。いっけ、後でお前からも叱っといてやってよ」 「うん」 庄の隣に座ってお茶を配りながら、伊助は頷いた。 全員が少し落ち着いたのを確認してから、庄左ヱ門が切り出す。 「それで?改まってきたってことは、何かあったんだね?」 「おう、それが……」 きり丸が、しんべヱと喜三太から聞いた話を、そのまま聞かせる。 虎若が、動きに無駄がなかったことと、金吾が隙がなかったことを報告した。 それを聞いた庄左ヱ門は、顎に手をやって唸る。 「忍の奴かも」 「忍?こんなとこに?」 「戦ってたなら、場所が移動したっておかしくないよ」 そう言いながら、庄左ヱ門はごそごそと地図を取り出して広げる。 家のあるところに大きなバツ印、そこから少し離れた辺りに小さな丸が点々。 さらにもう少し離れて、□の印と、忍、という文字が書き込まれていた。 「ここには忍者の学校があるらしいからね」 全員で覗き込む。 一日あれば子供の足でもたどり着けそうな距離だ。 忍なら、もう少し早く着けるだろう。 地図をじっと見つめながら、庄左ヱ門はぼそりと呟く。 「目をつけられたかもなあ」 「げ、まじ?」 きり丸が嫌そうに声を上げた。 「分からないけど、用心に越したことはないよ。一応、当分警戒は強化しておこう」 地図を出したまま、庄左ヱ門は別の紙を取り出した。 それは、彼らの家の地図だった。 「前に警戒案を練っておいたんだ。きり丸、これ持って兵太夫たちのところまで行って。 これを参考にして、からくりを強化しておくように」 「あいよ」 きり丸はその紙を一瞥して、にやりと笑った。 ばたばたと出て行ったきり丸を見送って、庄左ヱ門は今度は金吾に向き直る。 「金吾は、救護室に喜三太を迎えに行って、森に。動物達に、警戒を強めて貰うように頼んで」 「了解」 金吾も頷いて、時間が惜しいからとすぐに出て行った。 「虎若は夕飯まで、銃の手入れをしていて」 「まあ、使った後だし、もとよりそのつもりだけど」 虎若も了承して、すぐに作戦会議室を出て行った。 慌しく出て行った面々の湯のみを片付けながら、伊助が庄左ヱ門に笑いかけた。 「頑張ろうね、庄ちゃん」 「ああ。ここはぼくたちの家なんだ。絶対に、守るんだ」 庄左ヱ門は、力強く頷いた。