月も半ばを過ぎる頃、森の中を影が駆けた。 と言っても木が生い茂っているので、ほとんど森と同化しているが。 少しして、二人は向かい合った木にぴたりを身を寄せた。 「この辺、だよね?」 「まあ、直接拠点か何かを見かけたわけじゃないから、探すのはこれから、になるが」 矢羽音で会話をし、慎重に辺りを見回す。 周りに、これと言って目立つものはない。 「こんな時間なら、子供は寝ているだろうけどな」 「そう考えると、ちょっと悪い気もするね」 苦笑する雷蔵に苦笑しながら、二人はまた少し進んで、辺りを見回した。 途端、ばさ、と音がした。 二人は咄嗟に手裏剣を抜いて身構える。 そして音の発生源を見れば、月夜の空に、コウモリらしき生き物が飛び立ったところだった。 それを見て、二人は少し息を抜く。 「コウモリ、か」 「結構生き物いるね、ここ」 先ほどから、人にあらざるもの、小動物や鳥やらの鳴き声がちらほらと聞こえていた。 「ハチならともかく、私らには、ほとんど何の動物かはさっぱりだがな」 「そうだね」 顔を見合わせて苦笑してから、二人はまた少し進んだ。 コウモリは、高く高く飛んだ。 そしてある高さまで来ると、ある方向に向かって、ぴたりと止まる。 空気が、僅かに震えた。 金属が、打ち合う音が、響いた。 途端、がばりと起き上がった者がいる。 少しぼうっとしてから、なり続ける音に、一気に目を覚ました。 「乱太郎、しんべヱ、起きろ!侵入者だ!」 「……へふ、ん」 「えうん?」 寝ぼけた二人は、まだ夢の中に入ったまま、のそりと起き上がる。 それを待たずに、きり丸は部屋の隅にあった筒に向かって、思い切り叫んだ。 「全員起きろ!侵入者だ!」 「虎、銃の準備は?」 「出来てる!」 「じゃあ見張り台に上って、待っていて。西の方角と、筒に常に気を配っておくこと」 「了解!」 虎若は、ばたばたと走って行った。 今度はようやく目を覚ました乱太郎が、駆け込んでくる。 「救急の準備終ったよ!私はどうすればいい?」 「とにかくしんを起こして。あんまりやらせたくはないんだけど、 力量差があるとやっぱりしんべヱが一番いいから」 「うん、分かった!」 また慌しく乱太郎が出て行く。 今度は、金吾と少し息を切らした喜三太がやってきた。 喜三太の肩には、コウモリが乗っている。 「森に行ってきた」 「はにゃあ、疲れた。えとね、みんなの話だと、お客さんは二人。 すっごくすばやくって大きいって。でね、一人は西だけど、一人は回って東から来そう」 軽く息を切らしている喜三太に頷いて、庄左ヱ門は伊助に合図する。 その意をすぐに読み取って、伊助は筒に向かって叫んだ。 「いっけ」 「うん。伝令!客は二人!西と東から一人ずつ!」 「多分、相手は忍だ。油断してたらだめだ、全力を尽くすこと」 「相手はおそらく忍!油断せず、全力で!」 庄左ヱ門の指示を手短に復唱して伝える。 「きさ、どっちの方が捕まえやすそうか分かるか?」 喜三太は言われて、コウモリに目を向ける。 少しして、喜三太は悩むようにして答えを返した。 「うんとね、西から来る方が、やや動きが鈍いって。 あと、会話から、こっちの方が優しそうな感じだって」 「それじゃ、そっちの方が油断してくれるかも。よし、金は西に行ってくれ。 いっけ、東にきりと団。足止め」 「うん。伝令!きりと団は東!足止め!」 すぐさま伊助が伝令を伝える。 「きさは見張り台から、コウモリや鷹たちに指示を出して、同じく東の足止め。 常に虎の後ろにいるようにしてな。何かわかったら筒」 「んー」 喜三太と金吾も、指示を受けて作戦会議室を出て行った。 内部の地図を眺めながら、庄左ヱ門は、今度は自分で筒に向かう。 伊助はその間に、自分と庄左ヱ門の武器を取り出しに行った。 庄左ヱ門は少し考えてから、筒に声を通す。 「しん、今どこだ?」 すると、まもなく声が返ってきた。 「地下、からくり!ぼくの鼻水補給したところ」 「今夜もすごいよ。ほとんどとりもち」 一緒に、兵太夫の楽しそうな声も帰って来た。 「からくり準備終了、どうぞ」 三冶郎の事務的な返事も一緒に。 庄左ヱ門は一度頷いて、指令を出した。 「いつでも作動できるように。そろそろ近いよ。しん、上に戻って西口。 そっちから、割と温和そうな人がくる。金といっけが前に立って、可能なら交渉する。 無理なら名前を聞き出すから、眠らせて。それも無理なら、すぐに地下のからくり部屋まで戻ること」 「う、うん!」 どたどたと、しんべヱの走る音が筒の向こうで遠ざかった。 「忍は色々厄介だから、無傷でお帰りしてもらうか、捕まえたい。 殺傷力よりは、足止め、薬系のを使ってね」 「了解!日ごろの成果を見せてやる!」 兵太夫から元気な声が帰ってくる頃、伊助が戻ってきた。 「庄ちゃん、持ってきた。ボクは西だね?」 「うん、頼むよ」 ばらばらと、庄左ヱ門が使うものを取り出して、伊助は愛用の鉄棒を担ぐ。 「それじゃあ、指揮を頼むよ」 「うん」 伊助はにっこり笑って駆け出していった。 それを見送ってから、庄左ヱ門は大きく深呼吸。 もう一度、深呼吸。 それから筒に向かって叫んだ。 「全員、配置ついた?」 「こちらきり、団、ついたぜ」 「虎、きさ、ついた」 「こちら乱、いつでも大丈夫!」 「ぼくもー」 「いつでも来い!」 「こーい」 「こちら金、いっけ。準備終了」 筒から元気な声が返ってくる。 庄左ヱ門は頷いて、大きな声で号令をかけた。 「やるぞ!」 「「「おーっ!!」」」