庄左ヱ門の指示で、乱太郎と、伊助と、しんべえが、雷蔵の下にからくりを外しにやってきた。

そしてそのしんべヱを見た雷蔵が、声を上げる。

「あれ、君は……」

「何ですか?」

しんべヱが首をかしげる。

「先日の昼間、うちの後輩達に会った子だね」

後輩二人から聞いた、子供たちの特徴。

その片方に、しんべヱは合致していた。

「いっけ、そっち持って。しん、ほら、縄巻いて」

「あ、うん」

雷蔵の言葉に首を傾げたが、乱太郎の指示にしんべえは素直に従う。

「え、ぼく、縛られるの?」

「一応用心を、との指示なんで。すみませんね」

「あんまり痛くないようにしますから」

しんべヱがにこーと笑って、雷蔵もつられて笑う。

しかしすぐにいやいやそうじゃないと思い直す。

「一年生と年頃の変わらない子供たちに捕まるなんて……ぼくって忍者の素質、ないのかなあ」

「大丈夫じゃないですか〜?あなたのお仲間さんも捕まえたってきりちゃんが言ってたし」

「ほお、三郎を捕まえたのか!本当にやるねえ、君達」

しんべえが雷蔵の手首を後ろ手に縛って、乱太郎がそのぬめぬめしていたものをはがし取った。

「これ、何なんだい?」

ようやく圧迫感から介抱されながら、雷蔵が尋ねると、しんべヱが笑って。

「ぼくの鼻水!」

「……ええ!?」


後ろ手に縛られながら、三人に連れられて、雷蔵は一刻半ぶりに三郎と再会した。

「やあ、三郎。君も捕まったんだね」

「やあ、雷蔵。我ながら情けないよ」

二人は互いに苦笑しながら、互いの現状を笑う。

三郎も同じように、しんべヱが縄を巻いてから、乱太郎がしんべヱの鼻水をはがし取った。

「なあ、私のまき方、雷蔵よりきつくないかい?」

「いきなり攻撃してきたので」

と言いながら、きり丸はしんべヱから引き継いだ縛り作業を終える。

忍たま五年生を二人とも縛り上げて、それから筒に向かって話しかけた。

「庄、どうする?」

「……縄の縛った部分にしんの鼻水はつけたね?じゃあ、作戦会議室まで、つれてきて。

きさ曰く、他に侵入者はいないみたいだから、全員集合!」

「「了解!」」

きれいに揃った声を聞きながら、五年二人はまた声を上げた。

「ええ!?鼻水!?」

「やっぱり鼻水なんだ、これ……」


作戦会議室に行くと、庄左ヱ門が礼儀正しく正座して待っていた。

庄左ヱ門の前に、金吾ときり丸が座って、その前に五年の二人を座らせる。

他の面々は、適当に、しかし非戦闘員は戦闘員の近くに、散らばった。

「ちょっと待ってくださいね。もうすぐ全員揃うので」

「はあ」

少しして、喜三太と虎若がやってきた。

「さすが庄、作戦大成功だね」

「ナメさんたちも、喜んでるよ〜」

喜三太はナメクジの入ったつぼを抱えている。

それに面々は苦笑しながら、同じく二人も適当に散った。

それから、今度は兵太夫と三冶郎が登ってくる。

「いやー、やっぱり侵入者がいてこそのからくりだね!」

「ぼくたちは踏まないようにしてるもんね」

その顔は少し煤けている。

でも満足そうな二人は、なるべく後ろの方に陣取った。

「さて、僕たちはこれで全部です。改めて、どうしてここに来たのかお聞かせ願いましょうか」

庄左ヱ門はそういったのだが、五年の二人は部屋を見渡して呆然とした。

「たった、これだけ?これだけで、あれだけのことをやってのけたのかい?」

「必要最低限の人数は揃っていると思いますが」

「君は冷静だね」

「そうだね、庄ちゃんは冷静だね」

伊助がくすくすと笑いながら、お話をお願いします、と話を促した。

三郎と雷蔵は顔を見合わせる。

『どうしようか、三郎』

『とりあえずある程度話して信用して貰うしかないんじゃないか。

最終的な判断は学園の先生たちがするにしても』

と二人が矢羽音でぼそぼそと話していると、

庄左ヱ門が、近くにいたきり丸と金吾と小声で何事かを話し、最後に頷きあって、

それからこほんと咳払いをした。

「えーと、ある程度話して信用を取ろう、判断権があるわけじゃないが。そういう話をしてますね?」

二人はばっと庄左ヱ門を見た。

その顔はやはり冷静だ。

「なめないでくださいね。ぼくたちだって、それなりに頑張って生きて来たんですから」

そう言って笑ったのは伊助だ。

おちおち矢羽音も出来ない状況に、二人は思わず汗を流す。

仕方なく目だけで会話した。

それは、何年も一緒にコンビを組んでいたからこそできる意思疎通だった。

「大体は私が言ったとおりだよ。

学園には敵も多いから、近くに未開の場所があると放っておけないんだって」

「そんなところに子供がいるって情報が入ったからね、私たちが先行して様子を見に来たんだ」

きり丸が少し考えて、小さく頷く。

金吾も頷く。

それを見てから、庄左ヱ門は続けた。

「ぼくたちは、ここで静かに暮らしたいだけです。

そちらには何もいたしませんから、手を引いてはくれませんか」

「んー、いや、しかし……君たちの才能は惜しいよ?

あれだけのからくりに、どうやら動物達を手なずける術、的確な指示を出す指揮官に、

どうやら運動神経のいいらしい子供たち……忍術学園に入れば、きっと立派な忍になれるよ」

「ぼくたちは忍になる気はありません」

ずばっと、遠慮もなしに庄左ヱ門が両断した。

「手を引いてはくれませんか」

庄左ヱ門は繰り返す。

二人はしばらく目を見合わせて唸ってから。

「とりあえず、学園に戻って検討してもらうことにする。解放してくれるかい?」

全員が、子供たちも庄左ヱ門を見た。

しばらく時間が経った。

それから、ようやく庄左ヱ門は頷く。

「分かりました、とりあえず今日のところはお帰しします。

出来ればもう来ないで下さいね。きさときりと虎以外、解散!整備は明日!寝よう!」

庄左ヱ門が号令をかけると、言われた面々以外は立ち上がって、おやすみー、と散っていった。

それを唖然と見送って、それから二人は外に連れ出された。

庄左ヱ門が喜三太に何か言って、喜三太はどこともなく空に向かって叫ぶ。

するとばさ、と羽音が返って来た。

「いいってさ、庄」

「よし。お二人とも、森をしばらくまっすぐ進んでください。

しばらく行けば、縄というかしんの鼻水は切れますから」

「はあ……」

「では、どうぞ」

無言の圧力に押され、二人はしぶしぶと歩き始めた。

途中で振り返れば、庄左ヱ門と喜三太はまだ入り口にいる。

それからしばらく歩いて、森が切れるかな、という頃に、頭上から何かが降って来た。

「うわ!?」

それは鳥で、なにやら雷蔵たちの手元に羽ばたきを当てている。

「あだ、いた!」

「たたっ!」

少しして、しんべえの鼻水は切れて、二人はしばらくぶりに自由になった。

鳥達は既にどこかに飛んで行ってしまった。

縛られていたせいで赤くなった手を振りながら、雷蔵はため息をついて、来た道を振り返る。

「なんていうか、私たちは何しに来たんだろうね、三郎」

同じく手を振りながら、三郎はため息をついた。

「私たちが子供だと油断していたのも、多勢に無勢ということもあるが、

それを差し引いても素晴らしい子供たちだったぞ」

「でも、任務は失敗だね」

「……とりあえず、早く帰って湯を浴びよう」

しんべヱの鼻水まみれの忍装束を見合って、二人は頷いた。