瞬きの間に消えゆくもの


ザレッホ火山でレプリカイオンたちを拾って数週間。

レプリカイオンたちは、順調に自我を育てている。

それと同時に、短い時間の間で、出来る限りの教育を施している。

時間はまだあるけれど、いつ不測の事態が起きるか分からないのだ。

いつ、この子達の傍を離れることになるか分からないのだ。

その時のために、この子達に生きるための力を、与えておかなくてはならない。

「アッシュ〜」

呼びかけられて、自分よりやや背の低い子を見やる。

その目にはやや涙が浮かんでいた。

「うん?どうした、ルミナ」

「ころんだぁ」

と言って、膝を見せてくる。

なるほど、すりむいている。

仕方ないなあ、とその膝に治癒術を施した。

「ファーストエイド」

と、第七音素が光り、その傷が塞がる。

ルミナは嬉しそうに立ち上がった。

「ありがとう、アッシュ!」

「転ぶなよ〜」

「うん!」

そう言ってルミナは元気そうに走り去っていく。

あの調子では、いつまた転ぶか分かったものではない。

苦笑していると、今度はヴィンが服のすそを引っ張った。

「アッシュ、ふじゅつのつかいかた、いつおしえてくれるの?」

「今はまだダメだ。もう少し、勉強したら。な?」

ヴィンには、譜術士の素質がある、と言ってから、譜術を習いたがっている。

貪欲に知識を吸収しようとする様子は、微笑ましく思える。

諭すように言うと、ヴィンは不本意ながらに頷いた。

ルミナのところに走っていく。

今度は横で、セプが黙って立っていた。

何も言わない。

だが、とても言いたげなのはよく分かる。

ただ、セプは他の二人よりも我慢強いというか、大人というか、自分の欲を溜め込む傾向にあるのだ。

まだ生まれて数週間しかないのだから、もっと甘えればいいのにと、思う。

「武術の鍛錬、来週くらいから始めるか」

そういうと、セプはすごい勢いで俺を振り向いた。

ほら、やっぱりやりたいんじゃないか。

「譜術よりは基本的な構造が簡単だし、体は長く鍛えた方がいいからな。

まあ、訓練って言う点では譜術も一緒だけど……やっぱりまず、資本がないと」

「ほんと?」

セプが喜びを抑えきれないように、わずかに顔を綻ばせている。

その頭を撫でて。

「ああ、だから今日は二人と遊んでおいで」

そう言ってやると、セプは少しだけ躊躇ってから、二人の元へ走っていく。

その様子を、遠くから眺めた。

三人は、仲良く遊んでいる。(ややセプはぎこちないものの)

こういうときに、ふと、その姿に影が重なる。

セプは、そのまま、シンクと。(彼はあんな風には笑わなかった)

ヴィンは、穏やかな性格が近い、イオンと。(元気にやれているだろうか)

ルミナは、元気一杯のフローリアンと。(まだ、見つけられない)

それは、瞬きでもすれば消えてしまう、幻のようなものだけれど。

それでも、ふとした時に、重なってしまうのだ。

光となって、消えてしまった彼らが。

首を振ってその幻を振り払う。

セプは、少し素直じゃないけど、心根は優しい子に育ってくれている。

ヴィンは時として、他の二人より大胆な行動にだって出る。

ルミナは、無邪気なばかりではない、この世界の理を、きちんと理解している。

みんなみんな、違うのだ。

あの頃とは。

当たり前だ。

別の、人間なのだから。

イオンもフローリアンも、この世界のどこかにいるのだ。

彼らはそれぞれ、個人として存在している。

重ね合わせるのは、彼らへの侮辱だ。

あいつを思い出すのは、双方への侮辱だ。

あいつは生きていたんだ。

この子達は生きているんだ。

それは、決して間違えてはいけない境界線。

「アッシュ〜」

「ん?」

かけられた声に、意識を引き戻し、声をかけてきた人物を見やる。

というより、人物達、だ。

いつの間にか、三人とも目の前にやってきていた。

少し屈んで、その声に答えてやる。

「どうした?」

「アッシュもいっしょにあそぼ」

「あそぼうよ」

「……あそぼう」

三人とも、三者三様の言葉とともに、手を差し出してきた。

一人、照れ混じりに顔を背けていた。

その様子に、小さく笑う。

それから、三人の頭を順に撫でてやった。

「アッシュ?」

「どうしたの?」

三人が不思議そうに見上げてくる。

その様子がおかしくて、もう一度笑った。

「アッシュってば」

「何でもないよ。さ、何して遊ぼうか?」

そう言えば、二人は分かりやすく、一人は分かりにくく嬉しそうな声を出した。

俺は一度目を閉じて、それから目を開いて笑った。


そこには、大切な弟分たちだけがいた。



瞬きの間に消えゆくもの
(それは意味の無い、ただの幻だから)