砂に埋もれた名前


ざく、と砂が蹴られる。

乱れた砂を、波がすくっていく。

男は、それをじっと見ていた。

それを何回も繰り返す。

ただ、ずっと、砂を蹴っては流され、蹴っては流されを繰り返していた。

不意に、男はしゃがみこんで、海を眺める。

天気がいいため、遠くまでよく見える。

かといって、何かいるわけでもない。

見渡す限り、ずっと海しか広がっていない。

男は、またそれをじっと見ていた。

「海」

ぽつりと呟いて、下を向く。

指を、太陽に照らされて熱くなっている砂浜に押し付けた。

「熱い」

それから、指をゆっくりと動かす。

ずず、とその指は砂に文字を書いた。

「砂」

大きめに書いたのだが、漢字で書いているため、半ばつぶれている。

それでも男は、文字を書き続けた。

「俺の……名」

男は今度は砂に書いた自分の名前を、じっと見つめる。

そしてそれは、波に掻き消されて行った。

男は、今度はその波を見つめていく。

波が一度引いても、じっと見つめている。

「呼ぶ人間がいない今、名前に意味は無い」

男はもう一度砂に字を書く。

さっきと一字違いの名前を書くには、もう少しだけ時間がかかった。

そしてその名前もまた、波に飲まれて掻き消される。

男はその波も、じっと見ていた。

「俺は、誰だろう?」


波が砂を浸食する音だけが、響いた。


砂に埋もれた名前
(あいつは俺。俺はあいつ。でもあいつは俺じゃない。俺はあいつじゃない)