あなたを繋ぎとめるものは


とんとんと、リズムの良い音が響く。

よどみなく手を動かし、そして、ふと時計を見上げた。

時刻は六時半。

だというのに、誰も帰って来ない。

夕飯は七時からだ。

そろそろ帰ってくる頃だと思うのだが。

「ただいまアル!」

「ワン!」

噂をすればだ。

「お帰り、神楽ちゃん、定春。遅かったね」

「ガキどもが生意気に、うまい隠れ場所を見つけて大変だったアルよ」

どうやらかくれんぼか、それに近いことをしていたらしい。

しかし、夜兎としてあらゆる肉体能力が人間の数倍ある神楽と、

人間の何十倍の嗅覚を持つ(多分)犬である定春を出し抜けるとは、相当なものだ。

神楽と遊んでいるうちに、

歌舞伎町の子供たちは知恵と体力としたたかさを身に着けていっている気がする。

果たしてそれはいいことなのか。

まあいいや。

「もうすぐご飯だから、手を洗っておいで」

「キャッホウゥゥ!今日の夕飯、何?」

手元にある切り終わった食材や、調理を終えた品々を眺める。

「今日は味噌汁とイモのサラダ。あとにも」

「定春、洗いに行こう!」

「ワン!」

言い終わる前に、神楽は手を洗いに行ってしまった。

自分で聞いたくせに、と苦笑する。

時刻、六時四十分。

もう一人の住人は、まだ帰って来ない。

もしかしたら、今晩は帰って来ないのかもしれない。

あの人は、一体何をしているのか、しょっちゅう何日も帰ってこなかったりする。

朝帰りなど、もう割りと日常茶飯事だ。

それは飲んだ後だったり、仕事の後で報酬を持って帰って来たり、

何に巻き込まれたのかぼろぼろで帰って来たりする。

そういう時はたいてい、事前に連絡をいれてくれるのだが。

ときどき、本当に時々、何の連絡も無く帰ってこなくて、

二人と一匹でそわそわと心配する羽目になることもある。

そんな、どうしようもない人だけれども、待っていたいと思うのだ。

なぜなら、あの人は絶対に帰って来るから。

何日かかったって、どれだけ疲れてぼろぼろだって、あの人はきちんとここに帰ってくるのだ。

ここにしか帰る場所がないのかもしれない。

ここに帰りたい何かがあるのかもしれない。

とにかくあの人は帰ってきてくれる。

ちょっとばつの悪そうな顔をして、片手をあげて、よう、と。

帰ったぜ、と声をかけてくれる。

僕たちは、その声を聞くと、酷く安心するのだ。

それは、僕たちがあの人を(やや不本意にも)慕っているせいかもしれないし、

僕たちが共に、帰らなかった人を知っているせいかもしれない。(彼も、知っているはずだ)

それを知ってか知らずか、それでもあの人は帰ってくる。

だから、待っていたい。

あの人が帰ってくる場所で、待っていたい。

あの人に、帰りたいと思わせていたい。

時刻、六時五十分。

神楽ちゃんは自分の手を洗い終え、軽く定春の土汚れを落とし、戻ってきた。

準備を手伝えといえば、皿を出してくれた。

三人と、一匹分。

それを見て、僕は笑った。

神楽ちゃんも笑った。

定春も(多分)嬉しそうに吼えた。

夕飯の最後の仕上げに入ろうと、意識を料理に戻して。

カラカラと、乾いた音が響いた。

それは、待ち望んでいた音だった。

「たでーま」

「お帰りアル!」

「ワン!」

声が聞こえるなり、神楽ちゃんたちは玄関へと走っていった。

黙っていてもこちらに来る。

でも自分から行きたいのが人心というもの。

急いで手元の作業を終えて、玄関に小走りで向かって。

「たでーま、新八」

出来る限りの、笑顔で。

「お帰りなさい、銀さん」


そして、三人分の皿に、三人分の料理を盛り付けた。


あなたを繋ぎとめるものは
(ここは僕たちの家で、みんなが帰ってくる場所)