天上の紅い花


ザシュ、と肉を切り裂く音。

ブシュ、と血が噴出す音。

最後にドサリと倒れる音がして、それは完全に沈黙した。

それが、何度も何度も続く。

次々と物体が沈黙していく。

それでも音は止まない。

何十回か続いた頃、それはようやく止まった。

否、止まらせることが出来た。

動くものが、対象が、いなくなったから。

「任務、完了」

すばやく印を組んで、死体を燃やす。

赤々とした炎は、たった今自分が沈黙させた物体を、次々と焼き焦がしていった。

その光景を見つめる。

炎が揺らめく。

ゆらゆら、ゆらゆらと。

風も吹いていないのに、炎は揺れる。

ふと、思った。

血の色はあか。

炎の色もあか。

けれど、色は違う。

あえて言うならば、血の色は紅で、炎の色は朱だ。

同じ色なのに、違う。

何とも不思議なものだと、思う。

そんなことを感じる自分すら不思議に思う。

与えられた任務の目的は遂行した。

だが、里に帰るまでは、任務を終えたとはいえない。

まだ、そんな状況だというのに、自分がこんな意味の無いことを考えているなんて。

不思議だ。

不思議すぎて笑えてくる。

くっ、と小さく声に出して、炎が確かに対象たちを燃やし尽くすのを、確認した。

用は済んだとばかりに、そこを飛び去る。


走っていても、液体が飛び散ることはない。

怪我もしなかったし、たとえしてもすぐに治るのだが、返り血も浴びなかったからだ。

我ながら、手際よくやれたと思う。

洗う手間が省ける。

途中、どこかの里の忍、おそらく暗部、おそらく雲あたりが、仕掛けてきた。

何を勘違いしたのか知らないが、俺に手を出そうとしたのが運の尽きだ。

躊躇などすることなく、すぐに武器を抜いて、その忍を切り裂く。

肉を切り、血が噴出す。

勢いよくあふれ出た血に、せっかくだから返り血を浴びたくないと、一歩下がった。

忍は墜落して、地面でぐしゃりとつぶれた。

もうほとんど形を保てていない。

一応確認をと、息絶えた忍に近づく。

額宛。

やはり雲だ。

一応所持品を漁ってみた。

ほとんど血で染まっていたが、大したものはない。

ただのいかれたやつか。

燃やすのも面倒だが、仕方ない。

また火をつけて、燃やす。

燃える、燃える。

忍の周りには、吹き出た血が広がっていた。

紅いそれが、朱に照らされて赤みを増している。

そのあかを、何と言うのかは俺は知らない。

広がった血は、華のようにも見える。

ゆらゆらと揺らめく炎は、花のようにも見える。

同じはなだが、これもまた、意味の違うもののように思える。

先ほど、血と炎は違うと思ったが、どうやらこういうところにも理由があるらしい。

ならば、この忍は幸せだろう。

忍は、何も与えられることなどなく葬り去られていくことが殆どだ。

消されるように、最初からいなかったかのように、存在を抹消される。

だが、この忍はどうだろう。

こんなにも、濃い色をしたはなを纏って死んでいくのだ。

これは、忍にしては最上級の手向けだろう。

はなといえば、死後の世界、黄泉とでもいうのだろうか。

そこにも、あかいあかいはなが咲いているらしい。

何で知ったんだったか。

何かの文献か、誰かから聞いたのか。

よくは覚えていないけれども。

ほんのりと、憧れを抱いたのは、覚えている。

見てみたい、と。

どんな花なのだろうか。

どんな華なのだろうか。

赤だろうか、紅だろうか、朱だろうか?

死んだ後の世界なんて、誰も知らない。

誰も見たことのない、あかいあかいはな。

そのはなは、美しいのだろうか?

死体が燃え尽きたことにようやく気付いて、後処理を済ませる。

それから、再び帰路へと戻った。

淡々とした日常。

血の臭いしかしない日々。

時々些細な何かが起こる。

今夜のような、あかいはなを見て思いを巡らせたのがいい例だ。

そうして些細なことも、少しずつ毎日の中に飲み込まれていく。

しかし、その日々もいずれ終わりが来るのだろう。

任務で死ぬのか、はたまた幸いなことに老衰で死ねるのか。

それは分からないが、死がくることに変わりはない。

どうせなら、先ほどの忍のように、あかいはなを纏って死にたいと思う。

たとえそれがどれだけの痛みを伴ったとしても。

できることなら、穏やかに死んで生きたいと思う。

そんなことが叶うわけもない、生き方をしているけれど。

それでも、本当に俺らしくなく、願いなんてものをかけてみる。

いつか、あかと共に穏やかに死にたい。

そうしてもし、死後の世界にたどり着いたのなら。

その場所で。


あかいはなは、咲いているだろうか。



天上の紅い花
(緋、という色を知ったのは、それから少しあとのことだった)