何も聞かずに傍にいて


ばちりと目を覚ます。

視界は真っ暗だ。

そこが“現実”であることにほっとして、荒くなった息を整えようと、深呼吸を試みる。

……ダメだ。

落ち着かない。

ばくばくと、心臓の音がやけにうるさい。

止まらない。

水でも飲もうと、むくりと起き上がる。

同じ部屋の二人を起こさないように、こっそり部屋を出た。


水を飲む。

少し冷たいそれで喉を潤して、少しだけ落ち着いた。

でも、まだどきどきしている。

ぎゅ、と、胸の辺りを掴んだ。

「どうしたんだ?」

急に聞こえた声に、びく、と肩を跳ね上がらせる。

恐る恐るそちらに向けば、そこには赤毛を揺らす、自分達の育ての親。

アッシュだ。

「アッシュ……」

「……おいで」

少し間を空けた後、アッシュは手招きをした。

心なしか、その顔は苦しそうに見える。

近寄ると、アッシュは自分を優しく抱きしめてくれた。

温かい。

「大丈夫だ」

頭を撫でてくれている。

「大丈夫だよ」

その心地よさに、身を任せる。

「お前は、ここにいるよ」

ここにいる、と。

生きていると。

アッシュはそう繰り返しながら、腕の中で抱きしめ続けてくれていた。

何も言ってないけれど、きっとアッシュは知っている。

自分が目が覚めた理由を、知っている。

でも、それを敢えて聞かずに、こうして慰めてくれている。

ひどく、心地よい。

アッシュの声は、なぜかとても安心できる。

アッシュがいてくれるだけで、大丈夫だと思えてくる。

不思議だ。

でも、当たり前だと納得する自分もいる。

自分、いや、自分達にとって、アッシュの声は、当然のようにそこにあるものなのだ。

アッシュは、当たり前のようにここにいる存在なのだ。

自分達にとって、アッシュがいるのが自然な状態なのだ。

きっと、そうだから、こんなに安心できるのだ。

「眠るまで、傍にいてやるから、寝ような。な?」

覗き込むように、さとすように言う。

「うん……」

自然に、頷ける。

アッシュがいれば、きっともう大丈夫だ。

アッシュと一緒に部屋まで戻る。

同室の二人は、まだぐっすりと眠っている。

今は空になっている、少し冷えたベッドに横たわった。

アッシュが毛布をかけてくれる。

「さ、寝ような」

すぐ傍で、アッシュはずっと手を握っていてくれる。

自分を見てくれている。

安らげる。

そう思って気を抜いた瞬間、すぐに睡魔が襲ってきた。

まぶたが重い。

ゆっくり眠れるのは嬉しいけれど、アッシュが序々に見えなくなっていくのが、少し悲しい。

ああ、だめだ。

逆らえない。

眠ろう。

「お休み、――」


最後に、アッシュのその声を聞いた。


何も聞かずに傍にいて
(絶対の存在、彼がいれば、何も怖いことなんてない)