わたしはあなたの緩やかな死を望む


これをお前が読むことはないだろう。

書いたら、丁重に封をして、燃やすか土に埋めようと思う。

自分でもあまり意味はないと思うが。

願掛けみたいなものだ。

表立って言えない自分をお前は許してくれるだろうか。


長々書いても仕方ない、単刀直入に記す。

さようなら。

告げたい言葉は、これだけだ。

己のことは、忘れて貰っても、覚えていてくれても構わない。

それはお前の望むようにしてくれ。

ただ、言えない言の葉を、ここに押し込めていくだけなのだから。

せっかくなので、今までちゃんと口にしたことのないような気がすることも、

ここに記しておく。

ありがとう。

自分はお前のおかげで救われた。

もしかしたら、お前もそう思ってくれているのだろうか。

だが、より救われたのは己の方で。

いくら礼を言ってもいい足りないくらい、お前には世話になった。

その礼を返せないままであることは、非常に口惜しいが、どうかそれは勘弁してくれ。

お前と過ごした日々は、とてもとても楽しかった。

競い、協力し合い、助け合い、笑い合う。

日常の一つ一つさえも、自分にとっては大事な宝物になった。

この短いようで長いような日々のことは、決して忘れない。

墓の中にさえ持っていくだろう。

お前はどう思っているのだろうか。

それを知る術はない。

知ろうとも、思わない。

なぜなら知るには自分はお前に会わなくてはならない。

もうお前に会いたくはないのだ。

誤解がないように言っておくが、決して嫌悪や憎悪によるものではない。

お前を大切に思うからこそ、会いたくないのだ。

だって、分かるだろう。

ここで生きてきた、お前にも分かるだろう。

ここを出た後に、遭うと言うことは、必ずしも喜びだけを伴うのではないと。

お前もよく知っているだろう。

だから自分は、もうお前に会いたくないのだ。

少しの喜びを得る可能性よりも、少しの悲しみを得る危険性を憂いたのだ。

臆病者と笑ってもらっても構わない。

それでもお前に会いたくないのだ。

だからここに記そう。

別れの言葉を。


出来ることなら、出来ることなら。

お前には違う道を選んで欲しい。

進めば進むほど泥沼にはまっていく、この道を選んで欲しくない。

普通の町人や農民の生活をして、普通に働いて、普通に食べていく。

ここで学んだ技術があれば、巻き込まれた程度の災いなら払いのけることも出来るだろう。

そうして、いつか良い娘を見つけて結ばれて。

家庭を築き子をなして。

そしてこの世の片隅でひっそりと幸せに暮らしてくれれば良い。

きっと長生きが出来る。

もしかしたら孫を見ることも出来るかもしれない。

いつか愛した人たちに囲まれて、緩やかに眠って欲しい。

お前がそうしてくれたら、良かったのに。

そうしたら、どこかで遭うこともきっとない。

悲しみを背負うこともない。

少しでも迷い無く、この足を踏み出せるというのに。


ああ、でもお前がそんなことをしない奴だということも、よく知っているから。

ここで道を違えるような奴ではないと、誰よりも知っているから。

これはただの戯言だ。

誰に告げるでもない意味の無い戯言。

未練がましいこの心の置き場所。

ただの我侭、祈り、傲慢、願い。

だから、最後にもう一度言おう。

さようなら。

二度とお前と遭うことがありませんように。

この手の先に、お前が立つことがありませんように。

どうかお前がこの世界で少しでも長く生きられますように。

お前が幸せでありますように。


さようなら。


わたしはあなたの緩やかな死を望む
(叶わない夢と理解していても、なお)