ないものねだり


「はあぁ」

思ったよりも大きなため息になった。

しばらくぼんやりしてから、またため息を吐き出す。

本当は、本当は、こんなことを考えていてはいけないのだろう。

それは分かっているのだが。

「はあぁぁ〜」

どうしてもため息が出てしまう。

幸せなのだ。

どうしようもなく幸せなのだ。

生き延びることができた。

仲間というか家族というか、一緒にいてくれる人もできた。

人を殺さなくてもいい、世界中を回らなくてもいい、安定した日々。

傷つけるためでなく、護るために剣を振るえる日々。

それは、あの日々から見ればどうしようもなく幸福なこと。

幸福なのだが。

あの日々を、懐かしいと思ってしまう自分もいるのだ。

ここにはいない人たちとの生活。

とてもとても濃くて重かった一年間の日々。

あの日を思い出してしまう自分がいるのだ。

みんなに会いたいと願ってしまう自分がいる。

だけど。

銀さんたちと離れたくなくて。

この場所にいたくて。

今の平和な日々に浸かってもいたくて。

我がままなのだ、結局のところ。

おそらく生き延びてあの世界にいたところで、

平和な日々を欲してため息をつくのだろう。

どちらにいたって、ため息をつくのは一緒。

何かを求めてしまうのは一緒。

どっちも欲しいなんてのは、ただのわがまま。

身に余る望みなのだ。

分かってはいる。

分かってはいるのだが。

「……はあ」

ため息は止まない。

こういうのなんていうんだったかなー。

「夕君、買い物行くから付き合ってくれる?」

「あ、おう!」

声がかかったから、今の俺の名前が呼ばれたから、すぐに起き上がって部屋を出た。

腰にはいつものミニ木刀。

「夕君、どうしたの?何か浮かない顔してるけど」

「何でもない!早く行こうぜ、新八兄!」

おそらくちょっと鬱な顔になってただろう俺を心配して、声をかけてくれた新八兄。

彼を追い越すようにして、玄関に向かった。

そう、分かっているのだ。

望んだところでもう叶わないことなんて。

だから。

「走ると転ぶよ!」

「大丈夫だよ!」

この思いは、胸のうちにだけ秘めておけばいい。

みんなに言う必要なんて全くない、ただのわがままだから。

だから、せめて今手の中にあるものだけは、手放さないように。

「新八兄、早く早く!」

「今行くよ」


歩いていくしかないのだ。


ないものねだり
(手に入るのは、一つだけ)