あなただけが何処にもいない


ぼんやりと、遠い音譜帯を眺める。

譜石を浮かべた空は、晴れているためよく見える。

ここ数日、ずっと慌しかったのだが、空を眺めることだけは怠らなかった。

世界の主だった問題は、つい先日、大方解決した。

やはり、首謀者であったヴァンがいなくなったことが大きいだろう。

要となっていた六神将も、今は散り散りになって、その内の二人は逃亡していると言う。

ディストはグランコクマにいるらしい。

それから、僕の兄弟とも言えるべきある一人は、正式にピオニー皇帝から許可を得て、

マルクトの隅にある離島でレプリカの町を作っているらしい。

登城の際、色々と尋ねられたらしいが、彼は何も答えなかったらしい。

何か教えてくれないかと手紙を出してみた。

レプリカである僕なら、多少の反応はしてくれるかもと。

だが、何も反応はなかった。

返事は返って来ない。

僅かな望みをかけ、これからもとりあえず送ってはみようと思う。

アリエッタは、僕がダアトに帰ってきた時に少し話して以来、見ていない。

オリジナルのイオンが死んでいたことにショックを受けていたようだが、

事前に少し予測が付いていたらしい。

そこまで取り乱しはせず、去っていった。

もしかしたら森に帰ったのかもしれない。

一応手配はされているが、魔物が味方についているのだから、捕まりはしないだろう。

リグレットは、ヴァンの遺体と共に姿を消し、それ以降全く話を聞いていない。

敏腕補佐と名を馳せるほどの頭脳を持っていた彼女が本気で身を隠したのならば、

おそらく見つけられないだろう。

ラルゴは、時々、話を聞く。

何でも、ナタリアの実父らしい。

ナタリアの乳母を務めていた女性の証言がある。

ナタリアが頼んだのかどうかは知らないが、処刑だけは免れて、今は牢で刑に服しているらしい。

少しの間一緒に旅をした面々も、散り散りになっている。

アニスはモースが告発された際に道連れになり、密告者として罰を与えられた。

その罰は、両親共々のダアト追放。

密告罪でこれだけで済んだのは、一応、それなりに仕事をしたからだとされている。

ジェイドは国に帰って、変わらず皇帝の懐刀として働いていると聞く。

マルクトの貴族だったというガイも加わり、それなりに忙しい日々を過ごしているらしい。

ティアはユリアシティに帰り、意識の改革に努めているようだ。

ナタリアとアッシュは、共にバチカルに帰った。

アッシュの意識や六神将問題で色々騒動があったらしいのだが、

“世界を救った英雄、ルーク・フォン・ファブレ改め、アッシュ・フォン・ファブレ”

とすることで簡単に決着がついてしまったらしい。

他の者たちも、世界を救った英雄として各地で名を馳せている。

六神将の“ルークの偽者”は、“英雄アッシュ”が最後に討ち取ったとされている。

ダアトでも反逆者ヴァンに従った逆賊とされ、追放扱いになっている。

何て、茶番だと思う。

世界を救ったのはルークなのだ。

偽者なんかじゃない、僕にとっては彼こそが本物だった。

不器用で、だけどまっすぐで、誰よりも優しかった僕の友達だった。

あの時、止めることが出来たらよかったのに。

同行者が彼を責めた時。

彼を置いて上に昇ることを決めた時。

ダアトで助けられたとき。

ダアトに禁書を受け取りに来たとき。

僕を連れに来たとき。

僕に、少しだけ話をしてくれたとき。

シンクや、ミュウには敵わないけれど、僕にだって、機会はあったのに。

僕だって止めることができたはずなのに!

驚き、慌て、悲しむばかりで何もできなかった自分を呪う。

彼を奪ったこの世界を憎みたい。

この世界は、彼が救ってくれたもの。

たくさんの人間が、彼によって救われて、今のこの世界を生きている。

なのにどうして、彼がいない。

誰よりも救われて、幸せになるべき彼がどこにもいない。

“英雄たち”に夢中な人々の話にすら、もう殆ど登らない。

逆賊扱いの彼は、墓すらない。

たとえあっても、その中は空っぽだ。

彼はレプリカの宿命として、消えてしまったのだから。(ミュウから聞いた)

どうしてどうしてどうして。

どうして、彼はいなくなってしまったのか。

何度も疑問を繰り返す。

答えは出ない。

当たり前だ。

答えてくれる人間が、いない。

知っている人が、ここにいない。

それでも飽きずに疑問を繰り返す。

「どうして彼を連れて行ってしまったんですか、ローレライ……っ!」


晴れ渡った空を、にらみつけた。


あなただけが何処にもいない
(いない彼の姿を探して、今日も空を見上げる。)