おれのことをきらいになってください


漆黒の翼の船に乗って、バチカルに向かう。

処刑が始まる前に、ナタリアとアッシュを助け出さなければ。

間に合うかどうか分からないその時間に、思わず汗が流れる。

どうかどうかどうか。

間に合いますように。


顔色が悪いからとノワールにベッドに叩き込まれた。

横にはなったものの、気が高ぶって眠れやしない。

こうしている間にも、時間は過ぎているのだ。

寝てなどいられるものか。

そう言って起き上がろうとしたら、横になっているだけでも違うと、起き上がらせてもらえなかった。

観念して、起き上がるのを諦める。

ミュウはベッドに入った瞬間に眠りだした。

少しうらやましい。

特にすることもないから、そのミュウの寝顔を、ぼんやりと見ていた。

こいつは、ずっと変わらない。

あの時から、ずっとずっと変わらない――。


「だからこそ、生きて帰って下さい。いえ……そう望みます」

祈るような、悔いるような顔で、しかし願おうとする声。

「だから、さくっと戻って来いよ。このまま消えるなんて許さないからな」

怒るような、さとすような、それでいて温かい声。

「ちゃんと帰って来てね!」

耐えるような、何かを思い出しているような、それでも望みを諦めない声。

「生きるのです。消えるなんて許しませんわ、絶対」

悲しむような、何かを恐れるような、そしてそれを隠そうとする凛とした声。

「ミュウもご主人様が戻ってくるのを待ってるですの」

涙をこらえて、歯を食いしばるようにして、それでも一生懸命に伝えようとする声。

「必ず。必ずよ。待ってるから。ずっと。ずっと……」

苦しそうな顔で、でも耐えようとして、必死に思いを伝えようとしていてくれている声。

たくさんの言葉が身にしみる。

みんなの顔が、目に焼きつく。

お願いだから。

悲しまないで。

俺は、そんな価値のある人間じゃない。

みんな、そんな顔をしないで。

死にたくなくなる。

逃げたくなる。

……生きたくなる。


ばちりと、目を覚ました。

いつの間にか寝ていた。

目の前には、変わらずすやすやと眠るミュウ。

拳を握り締める。

帰りたかった、帰りたかった。

本当は、みんなの下へ帰りたかった。

生きたかった。

でも、それが叶わなかった願いであることを自分が一番知っている。

だから、せめて、第七音素に、世界の一部になって、みんなと一緒にいたかった。

せめて、静かに眠りたかった。

だが、何の悪戯か、いや、ローレライの仕業だが、戻って来てしまった。

帰ることなく、戻された。

俺が、たくさんの人たちが、紡いだ歴史は全て白紙に戻された。

なんてでたらめなことだとは思う。

最初は、本当に何が起こったのかわからなかった。

でも、嘆いてばかりなんていられない。

前回と同じ道を歩む必要はないのだ。

どうせ、帰る場所も、もうなくなってしまった。

誰も、俺が帰るのを待っていることはない。

ならば、何だってしてやろう。

俺が動けば、救える命がたくさんある。

まだ、ある。

後悔を拭えるチャンスがある。

中和やローレライの解放、外郭大地の降下、やることは山ほどあって。

預言は歪む。

けっして何も預言どおりにさせはしない。

たった一つ。

俺が最後に消えるだろうこと以外、俺が何もかも変えてやる。

だから。

俺は、最後に消えてしまうから。

何も、消えると分かっていて、誰かと接し、悲しませる必要はない。

こいつだけは、連れて来たけれど……。

もう、あんなにたくさんの悲しみを背負うのはたくさんだ。

みんなのあんな顔を見るのはもう嫌だ。

どうせ、助からない命と分かっているのに、死にたくない、なんて思いたくない。

だからだから。

みんなと離れた。

誰も悲しませないために。

みんな、俺を嫌いになってくれればいい。

死んだ時、悲しみを持たなければいい。

都合のいい犠牲として、思ってくれればいい。

俺を、思わなくていい。


もうすぐバチカルに着く。

今、行くから。

助けるから。

頑張って、生きて、生きて。

俺が繋いだ世界を、精一杯、生きて。


俺のいない世界で、幸せになって。


おれのことをきらいになってください
(おれのことなんて、わすれて、どうか)