お願いだから、振り向かないで


その人と、初めて会ったのは、暗部に入った初日。

当時既に暗部総隊長だった彼は、新しく入った私たちに、

暗部とは思えない朗らかさで挨拶をした。

「俺が、総隊長を務める煌だ。よろしく」

面の下で、彼が優しく笑ったのがはっきりと分かった。


煌様(そう呼ぶようになるのに時間はかからなかった。

先輩暗部の多くがそう呼んでいることもあるが、

それ以上に彼はそう呼ばせる力を持っている)は、

総隊長となって八年とのことだった。

暗部に入ってからは十年になるらしい。

異例の出世であるが、それについて不満が出たことは殆どないらしい。

しかし、私にしてみれば、僅かでもあったかもしれないほうが、意外だ。

彼は、それ程までに、完璧だった。

誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも眩しい。

暗部だというのに眩しいという表現はどうかとも思うが、

そうとしか表せられないのだ。

鋭さと美しさを兼ね備えた、銀色の髪。

面の下には、紅玉のような瞳があるという。

新米である私には、噂でしか彼のことを知ることが出来ない。

だがその噂でも、煌様のその姿は変化であるという話が流れている。

その噂を止めないのは、それが間違いだからなのか、それとも真実ゆえなのか。

確認しようとする者は、誰もいない。

いや、確かにいないというのも間違ってはいないのだけれど、

それ以上に出来ないと言った方が正しいのだろう。

煌様には、三人の側近がいる。

凛様と、慧様と、玲様だ。(彼らもまたそう呼ばせる何かがある)

彼らもまた、一端の暗部では比べる意味も無いほど強く、

そしてとても煌様を尊敬されている。

煌様に何か害を及ぼすような者がいれば、間違いなく、彼らが動くことだろう。

そして、その内、凛様は、煌様の恋人だというのも、

暗部の間では周知の事実だった。

それを知ったとき、不思議と私の胸に、黒い感情は浮かばなかった。

ただ、納得というか、安心というか。

あの方の恋人が凛様なら、何の不満はないのだ。

二人は暗部でありながら、互いを深く愛し、慈しみあっている。

そう、それは見ているものに、そういう類の感情を起こさせない。

ただ、彼らが幸せそうに並んでいるだけで、

それだけで私は命をかけて、この里を守ろうと思える。

彼らが並んでいられる未来を守りたいと思える。

それは、なんと、なんと素晴らしいことだろうか。

敵を殺すためではない。

大名の依頼をこなすためでもない。

お金を稼ぐためでもない。

守るために、私は戦うのだ。


ただ、ただ。

たった一つの、懸念が、私にはある。

煌様と凛様が、私の全てであり、

全身全霊を捧げたいと思える方々であるのは、確かな事実だ。

だが、煌様を私が本心から慕っていることも、また変えようの無い事実なのだ。

この思いを伝えようなどとは思わない。

それはとてもおこがましいものであるし、

煌様は、とても優しい方だから、気を揉んでしまわれるだろう。

私は、あの方にそんなことはさせたくはない。

ただ、遠くからそのお姿を見つめさせて貰えればよいのだ。

だから、どうか、どうか。

こちらを振り向かないで下さい。

あなたはとても鋭く賢く聡い人。

私がどんなに必死になって隠しても、

あなたは一目でこの思いを見抜いてしまうかもしれない。

だから、どうか、どうか。

こちらを振り向かないで下さい。

あの方と一緒に並び、輝く姿を、私はひたすら見つめていたいだけなのです!


お願いだから、振り向かないで
(この日々が永遠に続くことを祈って)