「今日の収穫はこんなものか」

そう言ってシエルは、セバスチャンの淹れた紅茶を一口飲む。

寄宿学校に入って早数週間、毎日調査と考察を重ねてはいるが、結果はそれほど芳しくない。

ソーマまで呼び寄せてP4に取り入ったはいいが、

肝心の行方不明になった学生や、学校の頂点に立つ校長には会えていないのだ。

当初の予定よりも長期戦になりそうな状況に、シエルはため息をついた。

やたら細かい数多の規律に、普段慣れない言動を強いられていること。

頭痛の種はいくらでもあるが、それでも群を抜いているのがこれだ。

「それでは坊ちゃん、本日の仕事の時間です」

そう言ってセバスチャンは、どこからともなく取り出した書類の山をシエルの前に置く。

「そろそろ季節も変わり目ですからね、品揃えも一新していくべきかと」

「分かってる」

シエルはひとまず書類の山から一番上の紙を手にし、目を通し始めた。

そう、ファントム社の仕事だ。

シエルは名門伯爵家の当主、女王の番犬のほかにも、

玩具・製菓企業ファントム社の社長という顔も持っているのだ。

タイムリーな商品提供を要求される企業であるので、一時たりとも手を抜くことはできない。

たとえ、女王の番犬の仕事として、潜入中であっても。

なのでシエルはこうしてセバスチャンに繋ぎを取らせ(社に直接行かせている)、仕事をこなしている。

シエルもセバスチャンも、

一日の殆どを授業や寮弟としての仕事に追われているため

(シエルはそのうち半分以上をセバスチャンに押し付けている)、

社の仕事に取り掛かれるのは、この夜の密談の後の僅かな時間だ。

本来なら、屋敷にてゆっくり時間を取ってこなしている作業を、シエルは速度を上げて次々とさばいて行く。

「レストランの方に要望が来ているな。これとこれとこれ、店に取り入らせろ」

「はい、そのように書面を作成しておきます」

「確か先日、子供たちにそれとなくアンケートを取るように指示していたな?

その統計はどれだ」

「こちらでございます」

「ああ、やっぱり少し流行りが動いているな。

上五つの商品は既に工場に試作品を頼んでいたはずだが?」

「原産地からの運輸で少々トラブルがあったようで、製作が遅れていますね」

「遅れた分、製作を急がせろ。品質は落とさずにな。それから運輸途中のトラブルというのは?」

「船にて運輸の予定でしたが、天候不良のため出航できなかったことが原因です」

「天候不良時の代替案を講じる必要があるな。何か既に案は挙がっているか?」

「はい、作業員から提案が」

次から次へと紙を回し、シエルは時には承認印を押し、時にはセバスチャンに書類を作らせる。

どうにか一通りさばき終わったところで、今度はセバスチャンは何枚かの手紙を取り出した。

「それと、坊ちゃん宛に幾枚かお手紙が届いておりました。読み上げても?」

学校を離れた際に、屋敷にも寄っていたのだろう(使用人が不安であるし)。

シエルはぐったりとした様子で読め、と続けた。

「一枚目、劉様からですね。……中身は大したことはありません。ただの近況報告ですね」

「次」

「二枚目、ゴドウィン男爵から、

近日中にフランスやイタリアから料理人を招き、立食会を開くらしく、その招待状が」

「断りの手紙を出しておけ。次」

「三枚目、ニナ様です。屋敷に、先日頼んだ洋服を郵送してよいかの確認ですね。

坊ちゃんが不在だとどこで知ったのでしょう」

「リジーあたりだろう。許可を出しておけ。

それからメイリンに、届いた荷物は開封せずに僕の部屋に届けるように言っておけ。

次」

「四枚目、オズボーン子爵から、新たな孤児院の献金を募っていると」

「またか。……出資する。経理に金額案を出させろ。次」

「五枚目……ドルイッド子爵から」

「捨てろ!」

セバスチャンはにっこり笑って、五枚目の手紙をびりびりに破いた。

「以上です」

シエルははあ、とため息をつき、紅茶をもう一口口に含んだ。

「いつまでもこれでは、身が持たないな。さっさと片をつけないと」

とは言っても、未だ大した手がかりは得られていないのが現状だ。

その現状を憂い、シエルはもう一度ため息をつく。

その様子を眺めながら、セバスチャンはシエルがさばき終えた書類をまとめる。

「お疲れ様です。それでは私は書類と指示を出しに言ってまいりますので。

お気をつけて寮までお戻り下さい、坊ちゃん」

「ああ」

セバスチャンは窓を開けると、消えるように外に出て行った。

走っていくらしい。

シエルはカップに残っていた紅茶を喉に流し込むと、ソファに手をついて立ち上がった。

門限が来る前に寮に戻らなくてはいけない。

「本当に、面倒だな」


翌朝、セバスチャンから無事に書類と指示を出し終えたことを聞いた後、

シエルは廊下を歩いていた。

向こう側からエドワードが歩いてくる。

エドワードはシエルを見つけると、シエルを呼び止めた。

「シエルか。ちょうどいい、お前に聞きたいことがあった」

「何だ」

シエルの婚約者でエドワードの妹であるエリザベスの話か、はたまたP4の話か。

少々身構えたシエルに対し、エドワードは至極普通且つ怪訝そうに尋ねた。

「お前、確か会社も持っていたな?その仕事はどうしている」

全うな質問だったことに驚きつつも、シエルはため息まじりに答えた。

「もちろんこなしている。僕は社長だからな」

どうやって、とエドワードが重ねて尋ねる前に、遠くから何やら物音が聞こえた。

それに続いて何やらざわめきも聞こえてくる。

何か騒ぎがあったらしい。

それもそこそこ大きいもののようだ。

行方不明の生徒に関わる騒動の可能性もある。

関わりがあるかどうか、見極める必要がある、とシエルは駆け出した。

「僕はもう行かないと。じゃあなエドワード」

「あ、おい、シエル!」

エドワードの声を背景に、シエルは騒ぎの元へと向かった。


伯爵家当主兼、女王の番犬兼、大企業の社長――兼、寄宿学校の学生は、忙しい。


その少年、多忙につき
(僕だって忙しいんだ)