彼は誰。

ここのところずっとそればかりが頭を駆け巡っていた。

ほんの数日前、端子越しに出会った彼。

その強烈な何か(これは存在感と言うのだろうか?)は今でも忘れられない。

私は小さい頃から、行動に理論が伴っていると言われてきた。

(兄と似ていると言われたことに腹が立ったのを今でも覚えている)

けれど、あの時は本当に、自分でもよくわからない衝動に駆られた。

私はこれを何というのか知らない、分からない。

彼に直接会えば、その正体が分かる気がする。

日課となっている訓練のたびに、彼の姿を探した。

けど、見つからない。

天才と称されてきた、自分の念威で、彼を見つけることが出来ない。

こんな時に役に立たねば、何のための能力だというのだろう。

苛立ちかけたのを抑えて、引き続き捜索を続ける。

念威は集中力が大きく関わってくる。

心が乱されていては、その力を存分に発揮することはできない。

心を落ち着けて端子を散らす。

だけど、何時間かけても、彼を見つけ出すことは出来なかった。


ある日、小隊の隊長に呼ばれた。

呼んできて欲しい新入生がいるらしい。

何でも、この第十七小隊に加えるつもりらしいのだ。

全く、ただでさえ曲者の多いこの隊に、次は誰を加えるというのだ。

だが、一応は上司に当たる隊長に逆らうわけにもいかず。

諦めたように、誰ですか、と尋ねた。

そして彼女が渡すのは一枚の紙切れ。

私はその紙に釘付けになってしまった。

“武芸科一年 レイフォン・アルセイフ”と書かれたその紙には。

忘れることのできない彼が写っていた。


とある喫茶店で見つけた彼は、まるで別人のようだった。

あの日のような存在感は無い。

へらりと笑って、女の子に囲まれていた。

気の弱そうな、不安そうな、でも人がよさそうな笑みを。

よく似ている別人だったのだろうか。

そう思えるほどの違いが、そこにあって。

声をかけてみた。

何の反応も無い。

いや、訂正、まるで初対面の、困惑した反応だ。

あちらは私の顔を見ていないけれど、声だけは聞いていたはずなのに。

やはり別人なのだろうか?

答えは出ないまま、私は彼を隊長に言われたとおり連れて行った。


隊長との戦いで、彼は無様に昏倒した。

途中まではそこそこの反応で戦っていたのだけれど。

そして保健室に運ばれた彼を、隊長から頼まれたこともあって、看ていた。

これで、はっきりと分かるだろう。

彼はそうであるのか、ないのか。

近づこうとして、びくりと反射的に足を止めた。

ある。

あの、絶対的な、迸るような、強烈な、存在感が。

「お会い、しちゃいましたね」

そう言って彼は起き上がる。

ぽり、と小さく頭を掻いた。

彼だ。

あの日会った、探していた彼だ。

だとすれば、どうして。

「どうして、私に何の反応も示さなかったのですか?」

今こうして話しかけたということは、分かっていたのだ。

あの日端子越しに会話したのは、私だということが。

だとすればあの反応は“無視”に当たることで。

ふつふつ、と、小さな怒りが湧き上がった。

大して彼は、ふにゃりとした笑いではなく、あの時と同じ、研ぎ澄まされたような笑みで。

「今なら少しは分かるのでは?僕は実力を隠している。

あそこには、知り合ったばかりのクラスメートたちがいましたからね。

無遠慮にばらされてはたまらないと思ったもので」

気に障ったのなら謝ります、とやはりあの時と同じように小さく礼を取った。

分からなくも、ない。

いや、むしろよくわかる。

だって、私も彼と同じなのだ。

「ばらしたりはしません。私も、あなたと同じく、実力を隠していますから」

「でしょうね」

彼は軽く腕を回した。

「あの距離で正確な念威を行えるということは相当な力の持ち主でしょう。

ですが、僕はここに来てから一度もあなたの念威に関する話を聞かなかった。

だとすれば、周囲には力を隠している可能性が高い」

「そこまで分かっているのに、私を疑ったのですか」

思わず眉を寄せる。

分かっているのならなぜ、あのような演技を取る必要がある。

「すいません。幼少の頃の名残で、僕はそう簡単に人を信じられないんですよ」

それは、少年の穏やかな容姿からはとても想像できないような言葉で。

けろりと言い切った彼は、それでも笑顔を崩さずに言った。

「そういえば、あなたの名前を知りませんでした。お聞きしてもよろしいですか?

僕の名前はもう知っているのでしょう?」

「……フェリ。フェリ・ロスです」

「改めて、よろしくお願いしますね、ロス先輩」

にこりとではなく、静かに笑った彼に、レイフォン・アルセイフに、私は再び釘付けになってしまった。


これが彼との、最初の“出会い”だった。


対面、のち出会い
(彼は此処にいる)