ただ一つの意思携え


「それで?」

その言葉を、場違いな呑気さでレイフォンは告げた。

相対していたルイメイも、端子を通して会話していたデルボネも、息を呑む。

「僕が都市の中の人を気にかける必要が、どこにある?」

巨大型汚染獣がツェルニを襲っている中、戦うレイフォンとルイメイ。

それでいいのかとルイメイが問いかけた返事だった。

「大勢の人を見殺しにするというのか」

「戦っているのは武芸者たち。僕には何の関係もない」

「同じ都市の仲間だろう」

「そうだね、それだけだ」

予想外の反応に、ルイメイが戸惑う。

だがレイフォンは、当たり前と言わんばかりの表情で淡々と告げた。

「それが、何か?」

『あなたはもっと優しい子だと思っていましたが……』

落胆したような声が端子から届く。

それにレイフォンが抗議をする前に、別の端子から声がした。

『こちらも、シェルターにも、隊長にも異常は今のところありません』

「そうですか。ありがとうございます。でもまだ休んでていいのに。疲れたでしょう?」

『もう十分休みました』

レイフォンの性格には既に慣れきっているフェリには、何の動揺もない。

やや和みかけた空気に、ルイメイが割り込んだ。

「待て。ということはお前は、さっきから念威の補助を受けていなかったのか?」

「当たり前だろ。先輩が疲れてしまう」

話がそれたと言わんばかりに、レイフォンはデルボネの端子に向かった。

「なぜ僕を優しい子などと思った?僕はずっと、自分のためだけに戦っていた」

その言葉に、明らかに二人は動揺を表した。

その様子に、レイフォンがはぁ、とため息をつく。

「サヴァリスさんにも言ったんだけど、勝手に僕の戦う理由を履き違えないで欲しいな」

二人にとって、それは見慣れた子どもの言葉ではなった。

二人の記憶のレイフォンとは、自分の不相応のものを守ろうとする命知らずな子ども。

目の前のものしか見えていない、経験の浅い子ども。

だが、目の前にいる人は違った。

「何度言っても分からないものだから、サヴァリスさんは軽く沈めて来たんだけど、

リンテンスさんに助けられたらしいね。運がいい」

どこまでも冷たく淡白だった。

人の、生き死にさえどうでもいいような。

「戦場であの状態で放置されれば、死んでもおかしくなかったのに。

女王様のお慈悲ってやつかな?陛下は気まぐれだから」

くくっと笑った。

血だらけの姿、荒野でのその笑いは、とても場違いに見える。

「お前は、本当に、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフだな」

確かめるように、区切ってゆっくりと問いかける。

ルイメイからは、戦意というものが消えかかっていた。

「ヴォルフシュテインはいらない。僕はもう天剣を持っていないから」

レイフォンはそこでちょっと不機嫌そうな顔を見せた。

『レイフォン、聞きます。ではあなたは何のために戦っているのですか?』

しばらく呆然としていたらしいデルボネが、気を取り直して会話を続けた。

「さっき言ったよ。僕のため」

『具体的に』

「命令口調は嫌いなんだけど……面倒くさいな。年上はとりあえず敬っとけって言われたしな」

レイフォンはやる気なさそうにため息をついた。

その様子は、まるでさっきまで気を尖らせ戦いに身を投じていた者とは思えないほど。

「生きたいから。グレンダンでは、お金を稼ぐため。生きるためにはどうあっても必要だからね。

ツェルニでは、ツェルニ、都市を守るため。決して、中にいる人を守るためじゃない」

最後を強調して告げる。

無言の促しを端子から感じて、レイフォンは再びため息をついた。

「外の汚染の中では僕だって生きられないから。

だからとりあえず都市には生きていてもらわないと困る。

だから戦う。以上、他に何か聞きたいことは」

ルイメイが口を開いた。

「損得を考えず、守りたいと思うものは、いないのか」

それはどこか哀れみを含んでいる。

レイフォンはそれに感づいて、また顔を顰めた。

「いるよ。何人か。でも今彼女らは安全な場所にいる。だから僕はここで戦える。他には?」

質問は一気にすませてしまうつもりらしい。

今度は、端子から声がした。

『それは驕りですよ。天剣たちはいつでもグレンダンの好きなところに侵入できる』

「で?」

それでもレイフォンは微塵も動揺しなかった。

「誘拐されたのなら、取り返しに行く。殺されたのなら、復讐する。それで終わりだろ」

レイフォンには、そばで守るという選択肢がまるでなかった。

「僕が手の届く範囲で守れるなら、戦うよ。

でも、届かない範囲で殺されてもその瞬間僕は何も出来ない。

僕の自己満足で、そのあと好きにするだけだ」

また呆然としている二人に、レイフォンはめんどくさそうな顔をした。

「僕は神じゃない。出来ないことをやれって言われても無理だ。出来ることをやる。

出来る範囲でしたいことがあるなら、それをやる。

たったそれだけだ。難しいことじゃないだろ?」

レイフォンにとって、それが真理だった。

無理なことをしようとして、グレンダンでは少々失敗した。

それはレイフォン自身も反省している。

自分に不相応なことをしてしまったと。

そして、居心地の悪いグレンダンを出て、ツェルニに来た。

今度は間違えないようにと、少しだけ慎重に先に進む。

その過程でやりたいことがあれば、その道へ進む。

自分の望みどおりに、やりたいことだけやる。

レイフォンにとってそれは、今まで一番至福と感じられることだった。

「それで、僕は今現在したいことをしている。お前を倒したい。

それだけだ。都市が生きているなら、何万人死のうが関係ないよ。他に質問は?」

二人は何も言わなかった。

ただ、端子の向こう側で。


フェリがほう、と息をついただけだった。


ただ一つの意思携え
(勝手に勘違いされて説教食らうなんて、なんて理不尽な)