願うと祈るの違いは何だろう。

かつて僕はそう自答した。


「隊長は、強くなりたいと、願いますか祈りますか」

第十七小隊での鍛錬中、ふと僕はそう隊長に話しかけた。

若干息切れしていた隊長は、手を止めて訝しげな顔をした。

「どうした、いきなり」

「いえ、何となく思ったんです。それで、どちらですか」

隊長はしばらく唸った後、きっぱりと言った。

「願う」

「なぜ?」

「私も何となくだが、祈るだけでは前に進めない気がした」

それは感覚論。

だからこその本心だ。

それを聞いて、僕は顔に笑みを浮かべる。

「隊長はきっと強くなりますよ」

「きっとじゃない、絶対だ!」

小休憩は終わりだと、隊長が再び剣を振る。

それを受け止めて、僕は弾き返した。


「レイとん、ご飯食べよ!」

「うん」

授業が終わり、いつもの三人組に昼ごはんに誘われる。

そしてそういう時は、メイシェンが手作り弁当を人数分作ってきてくれている。

栄養とかを全く考慮しない僕にとっては、ちょっとばかり嬉しいことだ。

「メイのご飯はいつも美味しいね〜、ね、レイとん」

「うん、おいしいよメイシェン」

「あり……がとう」

微笑みながら礼を言ってあげれば、メイシェンは照れながら、それでも嬉しそうに頷く。

「栄養バランスもいいしな」

ナツキもメイシェンの手作り弁当を絶賛した。

「将来の夢はお菓子職人だったっけ?でもこの分だと普通の料理人でもいけそうだね」

色とりどりに、弁当を飾るおかずたち。

美味しく、栄養があり、見た目もオッケイとくれば、もうプロレベルだろう。

「メイシェン」

「な、なに?」

軽く呼びかければ、もじもじとしながら顔を上げた。

何だなんだとナツキとミィフィも僕の方を見てくる。

「メイシェンは、お菓子職人になりたいと願ってる?祈ってる?」

それには、三人ともきょとんとした。

少ししてから、メイシェンじゃなくてナツキが答えた。

「同じことじゃないのか?」

「何となくの、ニュアンスの違いだよ」

そう答えてメイシェンを見れば、質問の意図が分からないのか、

それとも迷っているのかおどおどと顔を歪めていた。

「本当に何となくだから、メイシェンも何となくでいいよ」

出来る限り優しく声をかけてやる。

少ししてから、小さく口をあけた。

「い、い……祈って、ます……」

「そう、頑張って。僕も応援してる」

もう少し笑みを深めてそう言ったら、いよいよメイシェンは顔を赤くして俯いた。

そのメイシェンの様子と、ただただ笑顔の僕を見て、ナツキとミィフィが軽く笑った。

よくわからないけど、僕はそのままの笑顔でいた。


コツ、と部屋に戻る道を歩く。

ちょっと肌寒くなった気温が、軽くほてった体には心地よい。

薄暗い道も、考え事をするにはちょうどいい。

願うと祈る。

この違いは何か。

それについて考えたのは、だいぶ剣の腕で賞金を稼ぎ始めた頃だったと思う。

願っても祈ってもどっちでもいい。

望んでお金が手に入るというのなら、いくらでもやってやろう。

しかし、望むばかりでは何も手に入らないのだ。

まだ年が両手に余る数だった僕は、既にこの手に剣と覚悟を抱えていた。

誰かを倒し、その人が手に入れていたかもしれない賞金を奪う。

そして僕のごく身近な人だけが潤うのだ。

それで十分だった、十分だと思っていた。

だけど。

ふい、と一枚の光が宙を舞う。

「立ち聞きは感心しませんよ、先輩」

『……やはりあなたには隠し通せませんね』

諦めたように、探査子がすぐ横にやってきた。

ずっと傍で飛んでいた。

時には後ろに、時には頭上に。

しかしその強力な念威は、ある程度の感知能力があれば隠し通せるものではない。

「力を抑える訓練もした方がいいかもしれませんよ」

『考えておきます』

「それで、何のご用ですか?」

わざわざ念威を使ってひっそりと話すような。

『隊長たちに言った質問の意図が知りたくて』

「言葉通りですよ」

『分からなかったから聞いているんです』

若干苛立った声。

そういわれればそれもそうか。

納得して口を開く。

「僕は、祈ることが好きじゃないんです。祈るって、誰に祈るんですか?カミサマとやらですか?

それともレギオスを作った昔の人たちですか?それとも別の誰か?」

僕は、祈るとは不確かで、不可視の存在に向かって行うものだと思っている。

そしてそれに何の意味があるのか?

そんな存在たちに祈ったところで、何も手助けしてはくれない。

お金もくれないし、飢えを防いだり、生きる力をくれたりはしない。

それが分かったから、僕は祈ることを止めた。

「僕は願うんです。自分自身に。自分で願いを叶えられるように」

ああしてくれこうしてくれと、祈ったところで叶ったりはしない。

望みは結局自分で叶えるものだと。

誰も助けてくれない、自分でやるしかない。

何にも頼ることは出来ない、最終的には自分だけが頼りなのだ。

「だから僕は祈らない」


先輩の端子は、何も告げなかった。


祈らず、願い
(祈ったところで叶うものはない)