彼女は言った。

“ずっと変なことを喋ってましたよ。気持ち悪いったら”

気持ち悪い、だって?

あの状態の僕を、気持ち悪いなんて言えるのか。

それほどまでに彼女は、僕を見ていなかったのか。

気持ち悪い、なんてものじゃない。

あの一年間、何度も何度も熱を出して倒れた。

その間、幼かった僕はそれを拷問にさえ感じた。

熱だけじゃなかったのだ。

剄脈が、体の一部が無理やり変化しようというのに、熱だけで終わるはずが無かった。

あれは、壮絶な痛みと苦しみを僕にもたらしたのだ。

それが分かっていたから、隊長はそうだとわかった時点で、

剄脈を調節して、痛みを抑えさせたが。

とにかく、酷かったのだ。

でも、兄弟達に心配をかけたくなかったから、口にせず耐えていた。

それでも様子がおかしかったらしい僕を、子供たちは心配してくれていた。

父さんも、何度も心配の声をかけてくれたのだ。

だというのに。

一番近いと思っていたリーリンが、それに気付かなかったなんて。

何年も一緒にいて、彼女のことを少しは分かったと思っていたのだが……。

どうやら自分の買いかぶりだったらしい。

隊長を寝かしつけて、ようやく寮を出て、やっとため息をつけた。

つかずにはいられないだろう。

彼女は、僕を見てなどいなかったのだ。

今までも何度かそう思う節はあった。

だが、気のせいだと自分をごまかしていたのだが。

もう無理だ。

ごまかせない。

兄弟を疑うのは心苦しいが、仕方が無い。

僕を見てくれない人なんて、僕には必要ないのだ。

ただでさえ奇妙な運命にあるこの身だ。

余計なものになど、構っていられない。

自分のことだけで手一杯なのだから。

帰路を辿りながら、ぼんやりと当時のことを思い出す。

痛みと苦しみはいつも突然だった。

四回目ほどになればさすがに慣れてきたのだが、だからと言って和らぐわけではない。

それは僕を蝕み、苛んだ。

あれを何と表現すればいいのだろう。

難しい。

実体を持った痛みというものが、剄脈を駆け巡る感触といえばいいのだろうか。

剄脈が無理やり押し広げられる。

悪意のようなものを持った何かが体中を駆け巡る。

体の中で何かが暴れまわっているような感じだともいえる。

それを、必死に抑えようとしていたのだ。

ただでさえ貧困な孤児院だ。

手の空いているものは、働かなければならない。

僕にばかり手を煩わせるわけにはいかない。

だから、できるだけ普通の風邪と大差ないと見せかけるように、

それが来ると、いつもじっと耐えていたのだ。

心配や、手をかけさせないように。

その合間合間で、確かに何か呟いていたかもしれない。

だがそれはおそらく、忍耐から出た言葉だ。

耐えているうちに、思わず口からこぼれてしまった言葉だ。

それを、気持ち悪いだなんて。

今思っても、うすらとした怒りを感じた。

彼女は武芸者ではない。

だから、剄脈がどういうものなのかとか、そういうことが分からない。

だが、ずっと傍にいた人間なら、多少の感情の機微などが察せられたのではないか?

子供たちや父さんに分かるようなことが、どうして分からなかった?

それは、僕を見ていなかったからなのだろう。

一瞥して、また熱を出してぐらいにしか思っていなかったのだろう。

苦痛に耐えている僕を、気持ち悪いといえるのだから。

リーリンは僕の対象から外れた。

孤児院の子供たちも、今は僕のことをさげすんだような目で見る。

父さんは、僕の対象となるような人ではない。

もちろん、いい意味でだ。

あの人にはあの人のやり方と道があって、僕が干渉していいものではない。

とすれば。

僕に、グレンダンに帰る理由はなくなってしまったではないか。

守るべきものなど、もう何も残っていない。

みんな消えてしまった。

まあ、自業自得といえる部分が無きにしもあらずだが、僕にはそれは関係ない。

僕は僕のしたいようにするだけ。

第一に生きたい、というのがあるが、これは汚染獣やら悪漢などをぶちのめし、

かつそこそこ働いていればそれなりに生きていける。

二に、守れるものなら守りたいということだ。

グレンダンにはそれがない。

ここ、ツェルニにはそれがある。

まぶしいと思う人や、素晴らしいと思う人、

できる範囲なら助けてやりたいと思うくらいには、対象となった人がいる。

ここは学園都市だ。

いつまでもここにいられるわけじゃない。

必然的に離れる時期がくるだろう。

だがそれまではここと、ここに暮らす人を守ってみるのも悪くない。

僕は今ここに生きている。

ここには守りたい人がいる。

それでいい。

今の僕が戦う理由は、それでいい。

それだけで、十分だ。


僕はここで生きていける。


ここで生きる
(人生の一欠けらを費やすに値する場所で)