「リーリン」 「レイフォン、帰って」 「リーリ」 「帰って」 「リーリン!」 レイフォンが大声を出すと、ようやくリーリンは顔を向けた。 「僕はまだ何も言ってないよ。人の話を遮るなっていつも言っていたのはリーリンじゃないか」 「聞くことなんて、何もない」 リーリンはレイフォンに冷たい視線を送る。 レイフォンはそれにも動じず、じっとリーリンを見た。 引き止める言葉に、何の意味もない、とリーリンは思う。 自分はこうすると、決めたのだから。 ぐ、と手に力を入れて、レイフォンの言葉を待つ。 「それは、リーリンが選んだ道なんだね?」 「え?」 しかし予想に反した言葉に、リーリンは一度目を見開いた。 それを聞き取れなかったと思ったのか、レイフォンはもう一度言い直す。 「リーリンが自分で考えて、リーリンはその道を選ぼうと決心したんだね?」 それは、引き止める言葉ではなかった。 どちらかというと、淡々とした、確認の言葉。 少しだけ、混乱したまま、リーリンは小さく頷いた。 すると、レイフォンはとても、とても嬉しそうに笑った。 それは、リーリンも良く知る、レイフォンの屈託のない笑顔だった。 だからこそ、何で今この状況でその顔を見せるのか分からなくて、リーリンはさらに混乱する。 そしてレイフォンの口から出てきた言葉は。 「おめでとう」 「……え?」 「リーリンが、自分のやりたいこと、やるべきことを見つけたこと、 幼馴染として、きょうだいとして、心から祝福するよ」 「え、レイフォン?」 「今や一市民ですらない僕に出来ることはないだろうけど、せめて遠いツェルニの地から、 君の目的が達成されることを願ってるよ」 にこにこと、満面の笑みのまま、そういいきる。 リーリンは、そうっと、そうすることが怖いとでもいうように、ゆっくりと口を開いて。 「止めないの?」 と、レイフォンに聞いた。 するとレイフォンは、至極不思議そうに首をかしげる。 「どうして?僕には止める理由も、権利もないよ?」 その言葉に、リーリンは頭を殴られたかのような衝撃を受ける。 それは、サヤからこの世界の成り立ちについて聞いた時よりも、大きな衝撃だった。 レイフォンはその様子を一通り眺めてから、もう一度口を開く。 「もう会えないかもしれないね。だから、リーリン、どうか元気で。 僕は僕なりに頑張って生きてみるから、心配しないで……ばいばい、親愛なるリーリン・マーフェス。 御前失礼しました、リーリン・ユートノール様」 レイフォンは深く礼をとる。 それから、リーリンより少し後方に立っていたアルシェイラに視線を移す。 「このようなこと、私が申し上げるのもおこがましいですが…… 僕のきょうだいをお願いいたします、女王陛下、見知らぬ方」 片方は、さらに後ろに立っているサヤに向けた言葉だ。 レイフォンの言葉の後、しばらく沈黙が漂う。 少しして、アルシェイラは視線でサヤに、リーリンを連れて行くよう促した。 サヤはそれに頷いて、リーリンに前に進むよう促す。 二人がある程度離れてから、女王は苦笑のような、嘲笑のような笑みを顔に乗せる。 「本当にお前は変わらないね、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ」 「それはお褒めの言葉ですか、アルシェイラ・アルモニス女王陛下」 対してレイフォンは、相変わらずの屈託のない笑顔で応えた。 あくまでの晴れやかな顔に、女王は笑みを深くする。 「お前はいつだって自分に正直だ。自分がやれることを、自分のためだけにやる」 「……一応、僕なりに配慮したのですが」 それが何に対しての言葉なのか理解して、女王は鼻を鳴らす。 「人の感情の機敏に疎いところも、相変わらずだ」 その言葉の意味を全く汲み取れず、レイフォンは本気で首をかしげる。 その様子に怒ればいいのか笑えばいいのか呆れればいいのか迷った後、 女王はどれも選ばす、レイフォンに踵を返した。 「もうツェルニからは出るな。リーリンに、お前を会わせたくない」 「グレンダンがツェルニに、僕にとって身近な人たちに、 何もしないのであれば、僕がツェルニから出る理由なんてありませんよ」 女王はゆっくりとその言葉の意味を吟味する。 それから、言えることは何もないとばかりに、先に行かせたリーリンとサヤの後を追って、 レイフォンの前から姿を消した。 それを見届けてから、レイフォンもまた、彼女達に背を向けて歩き出す。 遠く、少しだけ遠くに、今のレイフォンが必要とする気配たちを感じる。 それを確認して、レイフォンは今度こそ心から笑った。 「さて、ツェルニに帰るか」 別れの言葉で始まる世界 (さようなら、どうか元気で)