ずるり、と穴に引き込まれながら、終は手に力を込める。 真っ暗になった瞬間に、その手を動かした。 終が手を動かした方向にカマイタチが現れ、終を捕らえていた黒々とした触手を断ち切る。 「影、続兄貴のも切って来てくれ」 『御意』 それと同時に傍にいるだろう影に兄のことを頼む。 触手が離れ体が自由になったのはいいが、落下は止まらない。 終の力なら、自らの身を浮かすことぐらいはできるのだが、 その力を他の人に隠している以上、迂闊に使うわけにも行かない。 自分の身が、数十メートル程度の高さから落ちたところで、 怪我等をするほどやわいものではないという自信もある。 そういう理由で、終は抵抗することなく、ゆっくり落下していた。 数秒落下して、とん、と終は地に足をつけた。 やはり真っ暗で、落ちてきた穴の明かりも見えない。 そう長いこと落ちたはずではないので、 おそらくそれは落ちてきた穴が僅かにカーブしていたせいだと予測する。 辺りの風の流れを探ってみると、僅かに流れていた。 どこかに道がある。 それを確認して、終が声を出す前に。 「終君、死んでますか?」 と、先に兄から何とも言えない呼び声がかかってきた。 「普通そこは生きてますか、だろ!何で死んでる前提で尋ねるんだよ!」 終は色々気が抜かれたが、そこは律儀に返事をした。 声の響き具合から、どうやらそう離れていない場所に落ちたらしい。 「それは残念。あの触手は?どうなりました?」 「それは悪うございました。途中で(切ったから)離れたよ。 辺りには(切った先っちょ以外)ないみたいだ」 姿は見えていないだろうと思いつつも、終は恭しく礼をする。 それからやや言葉を含ませつつも、質問に答える。 続がなにやら考え込んでいるらしい間に、終は続の方に向かって歩いた。 風の流れで道を察知しつつの手探りで、数秒進むとごつん、と頭をぶつけた。 「あでっ」 「終君ですか。何も見えないのに動くんじゃありません」 どうやら目標の兄に行き当たったらしく、見えないながらも顔を上げて言葉の応酬を続ける。 「無事感動の再会を果たしたんだからいいじゃないか」 「落ちた直後から会話をしているのに、感動も何もありませんよ。そもそも再会でもありません」 「じゃあ、もしここで始兄貴達と出くわしたら、感動の再会になるのか」 「感動よりは摩訶不思議な再会ですね。こんな場所で兄さん達と再会したのなら」 数分後にそれが現実になるとは知らず、二人は会話を続ける。 「それで、どうするの、続兄貴」 「上へは登れなさそうですからね。終君がモグラのように穴を掘ってくれるのなら別ですが」 「その時はたっぷり餌をくれないと働いてやれないぞ」 「コストのかかるペットですね。とりあえず前に進みましょうか」 不毛な会話をしつつも、方針を決め、終が先頭に立って歩き出した。 歩いていると、ふと、影が声をかけてきた。 『終様の兄弟が、少し離れた場所にいます。先導しますので、そこを左に曲がってください』 まさか本当に、と思いつつも、終は影の先導に従って進む。 先頭が自分でよかった、と思いつつも、 後ろからちくちく刺さってくる続の毒針は遠慮したいところであった。 「どこに向かって進んでいるんですか」 「勘。何となくこっちに来た方がいい気がして」 「そんないい加減に進んで、またあの化け物に遭遇したら、終君の責任ですよ」 「続兄貴は俺の勘を信用してくれないの」 「終君の信用するに値する能力は食欲本能だけでしょう」 と、相変わらず不毛で全く互いのためにならない会話を続ける。 またしばらく歩くと、ようやく始と余に再会し、 終はとりあえず、二人きりの応酬から抜け出すことが出来た。 それから嫌な部屋にたどり着いたり、地下を運動したり、 二度と会いたくはない人に助けられたりしてしまったけれども、 竜堂兄弟はどうにか地下世界を抜け出すことが出来た。 それから食事をとり、壊された家を修理する道具を買い込み、借りている家へと帰宅した。 その日は家の修理で終わり、兄弟は用心しつつも就寝する。 夜がだいぶ更けたころ、終はのそりと起き上がり、 足音を立てないようにこっそりと歩いてトイレに向かった。 僅かに始が身じろぎしたようだったが、起きることはなかった。 終はトイレの窓からそろりと抜け出し、星が瞬く夜空の下で、ふわりと浮く。 そのまま、家から少し離れたところまで動き、声をかけた。 「昼間はありがとな、影」 『終様の役に立てたのなら本望です』 温かい風が終を包み込む。 「しっかし、昼間は嫌な体験をしたなあ」 『あのような生き物が存在するとは……私も存じませんでした』 「まあ、そこら辺にざらにいるような奴じゃないだろうし。というかいたら困る」 『いたら、日本は崩壊していますね』 続との不毛な会話とは違う、調子の軽い会話を続ける。 時々小さな笑い声を上げながら、終は会話に応えた。 あまり長く話をしていると疑われるので、五分ほど話して、止めた。 「それじゃ、そろそろ寝るよ。見張りをよろしくな、影」 『はい、お休みなさいませ、終様』 「おやすみ」 終は外に出た時のようにふわふわと浮きながらトイレの窓に戻り、一度流してからベッドに戻った。 間もなく健康的な寝息が響く。 影はその音を聞きながら、ゆったりと空を流れた。 風に包まれて (そいつは、いつだって一緒にいてくれる)