「ああ、やっと来れた。待たせてごめんな」

とん、と地面に着地して、終は言った。

影に大急ぎで運んできて貰ったものの、いかんせん京都から東京だ。

それなりの時間がかかる。

大体、本来なら寝ているはずの時刻だ。

眠くて仕方ないのもしょうがないだろう。

のんびりと言った終に対し、そこで待たせていた人物は、金きりに近い声を上げた。

「You are……one of DRAGON BROTHERS!」

それは終にも分かる程度の英語だったのだが、

いかんせん終は英会話能力に長けてはいないので、説得を頼んでいた千に話しかけた。

「えっと、千、危害を加えるつもりはないって書いてくれ」

『了解!』

千は世界中を旅しているので、ある程度英語も理解している。

なので、終は自分がここに来れるまでの、説得を頼んでいたのだ。

そして今は、通訳を頼んでいる。

千が風を使って地面に文字を書くと、彼らは驚いたように目を見開いて呟いた。

『終は風使いなのかって言ってるぜ』

「まあ、とりあえずイエス、になるのかな」

千の通訳に、終が頷く。

彼らはまた驚いた後、不審そうな疑わしそうな目で尋ねてきた。

それには、終が応えるまでもなく千が文字を書いていく。

「何て書いたんだ?」

『どうして文字で書くんだって聞かれたから、終は英語が喋れないからって書いといた』

「……ちょっと癪だけど事実だからな。それで?」

彼らの反応を待って、千は通訳を続ける。

『何で助けたか、だとさ』

「ほとんど何となく、だよ。少なくともじいさんは、そんなに悪い人じゃないって思って。

ガキが死んだら、悲しむんじゃないかって思ってさ。

……なあ、面倒だから頭に語りかけてきてくれない?そういうのが出来るって余に聞いてるんだ」

千経由の会話を始めて数分、終は面倒くさくなってきて、その老人にエンパシーを頼んだ。

元々は洗脳等に使う力らしいが、終はそれはされないと確信している。

もし彼らが万一そんなことをしたら、周りの彼らが黙ってないだろうとも。

千の通訳を見て、老人、マクシェーン大佐は頷いて、エンパシーを開始した。

「ワシらは敵じゃったろう?それなのに、どうして助けた?」

「敵味方ってのはあまり関係ないんだよ。

敵だった人が味方になることもあるし、味方だった人が一転して敵になることもあるし」

ここ数ヶ月の攻防で、それが身にしみている。

もう何度、敵に協力させたり協力者が敵になったことか。

とにかく、もう面倒くさくて数えていられないのが、終の心情だ。

「あんたが、余がまだ更正できるんじゃないかって考えたことも知ってる。

今までの戦争に参加したのだって、快楽とか、名誉とかそんなものじゃなくて、

国を守りたかっただけだってことも。

そんな人なら、理由がなければ戦う理由も死なせる理由も無くなるんじゃないかってね」

マクシェーン大佐が、老クラインと交わした会話や、余、続とした会話も、終は知っていた。

その時、影が兄弟の戦況を逐一終に報告していたからだ。

だからこそ、終は死なせたくない、悲しませたくないと思ったのだ。

自分もつくづくお年寄りが好きだなあ、と内心でぼやく。

マクシェーン大佐の後ろにいた紙使い、トマスが叫ぶ。

これは千が通訳してくれた。

『嘘だ、お前らが僕たちを助けてくれる理由なんてない、だとさ』

「まあ、信じてくれなくてもいいんだけど。

これ以上俺たちの邪魔をしないなら、俺も何も言わないからさ。

ランバート・クラークも、クラインって奴も死んじゃったから」

しばらく、考え込むようにマクシェーン大佐が顎に手をやりながら口を閉じた。

それでもなお疑うように睨むトマスに、終は小さくため息をつく。

「だからさ、俺は別に人殺しや国家転覆をしたいわけじゃないんだよ。

そりゃ、戦うのは好きだけどさ、俺たち兄弟……他仲間達は、ただ平穏に日々を過ごしたいだけなんだ。

つい数ヶ月前までは、本当にのんびりしてたんだぜ。

それを、竜の血が欲しいからとか、体の研究をしたいとか、こき使いたいとか、

計画の邪魔になるとか……何だかんだで俺たちを狙ってくるやつがいるもんだから、

応戦する羽目になってるだけなんだよ。あ、悪い、千。長かったか」

『いや、大丈夫だ』

相手がトマスなので、千はせっせと、終の言葉の英訳を地面に書き込んでいる。

それをトマスは凝視した。

まだ疑わしそうだ。

「ああ、もういいや。とにかく俺たちの邪魔はするな。

それさえ約束してくれたら、英国でもヨーロッパのどっかでも、

千に頼んで……あ、ここ書かなくていいからな、帰してやるから」

説得も面倒になってきた終が、ひらひらと手を振りながら言う。

そこでようやく、マクシェーン大佐が会話を再開した。

「……孫を助けてくれて、感謝するよ、ドラゴンボーイ。

君の言うとおり、私はトマスと共に隠居して、のんびりすることにする」

「ほんとか」

嬉しそうに終が笑う。

トマスが不服そうに何事か言ったが、マクシェーン大佐が一言二言いうと、しぶしぶと頷いた。

それから、マクシェーン大佐は少し哀しそうな顔をして続ける。

「君が教えてくれるまで、私はトマスは死んでしまったと思った……その時、私は後悔した。

トマスを戦い、戦争の道なんかに入れず、普通の子供として育てていればよかったのだと……

君達と戦っても、被害がでるだけだ。私はトマスと共に、スコットランドに帰るよ。帰してくれ」

「分かった。千、頼めるか」

『了解、了解。任せとけって。良かったな、終』

「おう」

終の望みがかなったことに、千は純粋に喜んだ。

終も笑って、宙に浮き始めた二人を見送る。

マクシェーン大佐が、最後のエンパシーを送ってきた。

「君は優しい子だ、ドラゴンボーイ。

いつか君が平穏な日々を取り戻せるよう、スコットランドの大いなる大地から祈っておるよ」

「ありがとう、じいさん」

終は手を振る。

『それじゃ、またな、終!』

「おう、頼んだぜ、千!」

千に向かっても手を振って、終は二人プラスワンを見送った。

それから、後ろで見守っていた舞にも礼を言う。

「俺が来れるまで、面倒見てくれてありがとうな」

『終の望みだもの。私も終の望みがかなって、とても嬉しいわ』

「ありがとう」

終は舞にもにっこりと笑って、それから影に向かって、帰ろう、と促した。

『御意に。行きと同じく、眠っていて頂いて構いません』

「いや、おきてるよ。今はなんだか、空中散歩をしたい気分なんだ」

終が笑うのに、影も嬉しそうな声を出した。

『では、参りましょう』

「ん。じゃ、またな、舞!」

『ええ、またね。影、終をよろしくね』

『言われなくても』

ふわ、と終はまた浮いて、その場から飛んでいった。


兄弟たちの待つ、京都まで。


空の果て
(遠い空の向こうで、せめて幸せに)