W どうやらこのヘリは借り物(というより、盗り物)のようだ。 まあ、所有しているものを使ってこんなところに来ないだろうとは思っていたが。 国一つ越えた辺りで、ヘリは降下し、着地した。 そこには彼らと同じ姿をした人間が、さらに五人。 「ふむ、間違いはないんだな?」 その五人のうちの一人が、ヘリにいた一人――多分自分を迎えに来たあの人――に尋ねる。 あの人が頷くのを確認して、その一人は満足そうに頷いた。 「よくやった。下がっていろ。あとは俺達が話す」 その言葉を聞いて、彼らは後ろに下がる。 代わりにここで待っていた者たちが話しかけてきた。 「初めまして、だな。六道骸?」 「そうですね。しかし、よく僕が六道骸だとわかりましたね。 つい先日捕まるまで、誰も僕の顔など知らなかったというのに」 身代わりにランチアを立て、自分は他人のフリ。 それで相手をかき乱して、もう一歩というところまでは行ったのだが。 「ああ、お前の顔を知っている者がいたからな。そやつに見つけさせた」 多分、自分を迎えに来た彼だろう。 「どこで僕の顔を知ったのですか」 復讐者に喧嘩を売るような奴らに、顔をさらした覚えはない。 この男も仮面をつけているため、何となくだが、にやりと笑った気がした。 「提案に乗ってくれるのならば、答えてもいい」 「内容次第ですね」 「我らの同志となれ」 「お断りします」 即答した。 誰かの下につくなど真っ平だ。 自由を得るため、世界を壊すために脱走したのだから。 「そういうな。条件としては悪くないつもりだが?」 「……一応、話を聞きましょう」 形だけは取っておいた方がいいだろう。 気に食わないようであれば、速攻一撃加えて逃走だ。 ちらりと、その意をこめて千種と犬に視線を向ける。 犬は首を傾げたが、千種が頷いたのは確認した。 「我らはマフィアを憎み、滅ぼすことを目的としている」 「滅ぼした後は?」 「何も。滅ぼして、終わりだ。その時点でこの組織は解散、各自自由にすればいいことになっている。 新たな秩序を築くもよし、平穏な生活に帰るもよし、世界を敵に回したって構わない。ただし、自己責任だがな」 この男は脳がないのだろうか。 マフィアを滅ぼしたといっても、残党は残るだろう。 それほど、マフィアという連中はしぶとい。 それは身を以ってよくわかっている。 彼らは確実に、裏社会の秩序を乱した者に制裁を加えにくるはずだ。 必然的に、世界を敵にまわすことになる。 まあ、自分の最終目的は世界を壊すことなのだから、どちらにしろ世界は敵に回るのだが。 それにしても、こんな考えなしと同志になる気にはなれない。 「嫌ですね」 「なぜだ」 本当に分からないのか。 「あなた達が嫌だからです」 そういうが早いか、手に持っていた三叉槍を喉に突きつけ……ようとした。 しかし、横から何かに阻まれ、弾き返される前に手を引き、距離をとる。 自分の行動を否ととったのだろう、犬と千種も臨戦態勢に入った。 それらを視界に入れつつ、改めて正面を見れば。 自分の槍の進路だった場所に、鋭い刃があった。 それの持ち主は、やはりあの人だ。 「クフフ、そちらの方はなかなかやるようで」 あなたとは違い、という揶揄を込め、先ほどまで話していた男を見る。 軽く汗をかいているところを見ると、確実に彼自身の力では避けきれなかったのだ。 おそらく部下であるあの人の方が、圧倒的に強い。 なぜ部下に甘んじているのか不思議なくらいだ。 あの人ほどの強さなら、ここにいる者たちを屠るくらいたやすいだろうに。 「勿体ないですね。あなたこそ、こちらに欲しいくらいです」 それに対する返事は無言。 否、ということだろう。 「よ、よーし、よくやった。命だ、お前で奴らを捕らえろ」 ようやく理性を取り戻したのか、男があの人に偉そうに命令した。 ちゃき、とあの人が武器を構えなおす。 「あなたとはやりたくありませんね」 自分も槍を構える。 やりたくはないが、見逃してくれる気はなさそうだ。 「地獄道」 右目に力をこめる。 左目に、空間が歪むのが映る。 「な、なんだ!?」 「き、気持ち悪い……」 あちこちで声が上がった。 自分が術士ということさえ知らなかったのか。 無知さに思わずため息が出る。 その時、風が流れるのを感じて、反射的に避けた。 たった今自分がいたところに、あの人の刃。 「骸様!」 「面白いですね。あなたは幻覚を恐れないのですか?」 やはり、無言。 おそらく肯定。 「クハハ!実に惜しい!あんなところで腐らすのが惜しいですよ!」 そう言いながら、次々幻覚を向けた。 大波、火柱、氷、時には幻覚の武器をなげつけた。 しかし、その人はものともしない。 どうやら幻覚と現実の区別がつくらしい。 そこで、ふと、既視感に襲われた。 幻覚と、現実の区別が明確につく。 そして、それが幻覚であることを知覚に促すだけの精神力。 最近、ごくごく最近に、そんな相手と戦わなかったか? それは、確か――。 「――!何をしている!俺を助けろ!」 思考を破る、野太い男の声。 しかし、その声に従って、その人は攻撃を緩め、去り際にたった一言告げた。 そして彼はすぐに身を翻し、あの男達の下へと戻っていく。 「行きますよ、犬、千種」 「は、はい!」 犬と千種に声をかけ、そこを離れた。 敵である以上、ここにとどまる意味はない。 彼らが幻覚で混乱している内に、そこを離れた。 だが、走りながらでも、先ほどの彼の声が耳から離れない。 初めて聞くはずの、彼の声。 「今のうちに、逃げろ」 しかし、確かにそれは耳に覚えのある声だった。 何よりも熱い、焔と共に。