X 「酷い有様だな」 破壊と崩壊の跡を眺めて、ぽつりとリボーンは呟いた。 侵入者があったと報告を受け二日。 リボーンはアルコバレーノとして牢獄へやってきていた。 マフィア界の均衡を保つ役割を担っているリボーンたちは、それなりの特権を与えられている。 それを使い、本来なら立ち入り禁止であるその場所へときていた。 マフィア界、ひいては世界でも凶悪な者たちを投獄するそこは、 何よりも頑丈な壁と檻でできていたはずだった。 だが、今ではそれも見る影がない。 巨大な牢獄の三分の一は、完璧に崩壊していた。 その三分の一に収容されていた囚人たちは、三人が逃走、二割が再投獄。 そして残りの八割弱は、全員侵入者によって殺されていた。 死因は、一割が出血多量によるもの、一割が毒殺、 一割がショック死、一割が崩れた瓦礫での圧死。 六割は、焼死であった。 目撃された、手に焔を宿す子供によってだろうと判断されている。 手に焔を宿す子供なんて、そうそういるはずがない。 あいつも、とリボーンは数日前に行方不明になった自分の生徒を思い出す。 心優しい、言い換えれば甘いやつだった。 自分の命を狙っていた敵だって、殺すのをためらうような。 しかし、現場に残った跡に、ためらいなど微塵もない。 躊躇なく、人を焼き殺している。 思わず、拳を握り締めた。 帽子の乗っているレオンが僅かに震える。 そんなはずない、あいつなんかじゃない、そう、信じたい。 ここまで目の当たりにしたものを、否定したかったのは初めてだ。 「リボーンか」 聞きたくないが聞きなれた声がして、振り向く。 「なんでお前がこんなところにいるんだ、ヴェルデ」 同じアルコバレーノ、緑のおしゃぶりを持ったヴェルデ。 「実に不本意だが、復讐者から僕のところに要請があってね。 牢獄を破壊した方法を調査して欲しいんだとさ」 「それを参考にして侵入者の割り出しと、牢獄の強化を行うのか」 「ご名答。まったく、面倒ったらない」 肩をすかして、ヴェルデはつまらなさそうに言った。 自称天才研究者のヴェルデは、自分の興味のない研究に手を煩わされるのがひどく嫌いだ。 一マフィアではなく、アルコバレーノとしての仕事でも同じだ。 かと思えば、興味のあるものにはその才を発揮する。 「どうせ調べても無駄なのにな」 その言葉は、酷く淡々として、だからこそ深く突き刺さった。 「どういう、意味だ」 「君が分かっていることを尋ねるなんて珍しい」 くっ、と一つ耳障りな笑い声を立てて。 「今現在、手に焔を宿す人間なんて、たった一人しかいないだろう?」 そうだ、本当は分かっている。 ただ、認めたくないだけ。 宿す、つまりは使いこなすということ。 自分達アルコバレーノは命を削って身に焔を宿すことができるが、それとはまた違う。 命なんて削らずに宿し、自在に使うことのできる焔。 そんなものは、死ぬ気の炎しかないのだ。 ましてや、それを戦いの武器にできるほどに扱える人間なんて、それこそ酷く限られて。 握り締めた拳が熱い。 口から出るのは、ただの場流し。 「今現在、か?」 「そうだ。僕は今、それについての研究をしている。 誰でも死ぬ気の炎を戦闘に使えるほどに昇華できるようにな」 「……それは、既に実用化されてんのか?」 口任せが、意外な点を突いていた。 もしされているようなら、まだ僅かだが他の可能性が出てくる。 「されてるわけない。僕の頭脳を持ってしても、まだ途中なのだ。 他の誰かにできるわけが無い」 出てくる、はずだった。 あったかもしれない僅かな可能性は打ち消される。 ヴェルデは性格的にいけ好かない奴だが、研究という一点ではその力は確かだ。 そのヴェルデが断言するのだから、そこにほぼ間違いはない。 「これだけ言っても、まだ認める気にならないのか?」 こいつも分かっている。 俺が信じたくないということを。 帽子のつばを下げて、無言を返す。 ヴェルデはしばらく視線を向けていたが、ため息を吐いて踵を返し、ぽつりと言った。 「未確認情報を、教えてやるよ」 呆れたような、哀れむような、そんな声。 「生き残って再投獄された奴が、こんなことを言っていた。 『そいつは、手に焔を宿し、妙な形の武器を扱っていた』と。 その武器を描写させて、古今東西ありとあらゆるデータと照合した。 すると、ある人物に行き着いた」 妙な形の、武器? マフィアであった以上、それなりに武器には見覚えがあっただろう。 そんな人間が、妙な形と断言するほどの、異質な。 「昔、どこかの国の鍛冶屋が作った武器で、扱いが難しくてほとんど使われていなかった。 むしろ、現存していたのが不思議なくらいだ。 だから、それを使用する人間もたった一人に絞れた」 どくん、と心臓が波打つ。 アルコバレーノとしての勘が、告げている。 その先に続く言葉は、決して希望なんかじゃない。 「主に八年前から、一年前くらいまでに活動していた反マフィアだよ。 君も聞いたことくらいあるんじゃないか? “血の幼子”、メレデタッテメンテ・バンビーノだよ」 ああ、よく覚えている。 ボンゴレの報告に上がってきたのを、九代目の隣で聞いていた。 すさまじく強い子どもで、 いつも敵――つまりマフィアだ――の血で塗れていることからついたあだ名。 そして、その名は、一年ほど前にぴたりと聞かなくなったことも。 「君にはこれで十分だろう」 用は済んだとばかりに、ヴェルデは歩き出した。 多分、ヴェルデが言わなくてもいずれ出された結果だろう。 それをヴェルデがわざわざ俺に言いに来た理由は、明確だった。 アルコバレーノは、互いに忌み嫌い、互いに疎遠し、そして互いの言葉を疑わない。 だからヴェルデは、ここに来た。 「性格、悪いぞ、お前」 逃げ場を、塞ぐかのように。 「それでも、これが僕のアルコバレーノとしての責務なんだ、同胞」 それだけ言い残して、ヴェルデは去った。 言われなくても、分かっている。 いなくなったヴェルデに、心の中で呟く。 俺の、黄のアルコバレーノとしての、責務は。 マフィア界の均衡を崩す者の排除であること。