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「酷い有様だな」

破壊と崩壊の跡を眺めて、ぽつりとリボーンは呟いた。

侵入者があったと報告を受け二日。

リボーンはアルコバレーノとして牢獄へやってきていた。

マフィア界の均衡を保つ役割を担っているリボーンたちは、それなりの特権を与えられている。

それを使い、本来なら立ち入り禁止であるその場所へときていた。

マフィア界、ひいては世界でも凶悪な者たちを投獄するそこは、

何よりも頑丈な壁と檻でできていたはずだった。

だが、今ではそれも見る影がない。

巨大な牢獄の三分の一は、完璧に崩壊していた。

その三分の一に収容されていた囚人たちは、三人が逃走、二割が再投獄。

そして残りの八割弱は、全員侵入者によって殺されていた。

死因は、一割が出血多量によるもの、一割が毒殺、

一割がショック死、一割が崩れた瓦礫での圧死。

六割は、焼死であった。

目撃された、手に焔を宿す子供によってだろうと判断されている。

手に焔を宿す子供なんて、そうそういるはずがない。

あいつも、とリボーンは数日前に行方不明になった自分の生徒を思い出す。

心優しい、言い換えれば甘いやつだった。

自分の命を狙っていた敵だって、殺すのをためらうような。

しかし、現場に残った跡に、ためらいなど微塵もない。

躊躇なく、人を焼き殺している。

思わず、拳を握り締めた。

帽子の乗っているレオンが僅かに震える。

そんなはずない、あいつなんかじゃない、そう、信じたい。

ここまで目の当たりにしたものを、否定したかったのは初めてだ。

「リボーンか」

聞きたくないが聞きなれた声がして、振り向く。

「なんでお前がこんなところにいるんだ、ヴェルデ」

同じアルコバレーノ、緑のおしゃぶりを持ったヴェルデ。

「実に不本意だが、復讐者から僕のところに要請があってね。

牢獄を破壊した方法を調査して欲しいんだとさ」

「それを参考にして侵入者の割り出しと、牢獄の強化を行うのか」

「ご名答。まったく、面倒ったらない」

肩をすかして、ヴェルデはつまらなさそうに言った。

自称天才研究者のヴェルデは、自分の興味のない研究に手を煩わされるのがひどく嫌いだ。

一マフィアではなく、アルコバレーノとしての仕事でも同じだ。

かと思えば、興味のあるものにはその才を発揮する。

「どうせ調べても無駄なのにな」

その言葉は、酷く淡々として、だからこそ深く突き刺さった。

「どういう、意味だ」

「君が分かっていることを尋ねるなんて珍しい」

くっ、と一つ耳障りな笑い声を立てて。

「今現在、手に焔を宿す人間なんて、たった一人しかいないだろう?」

そうだ、本当は分かっている。

ただ、認めたくないだけ。

宿す、つまりは使いこなすということ。

自分達アルコバレーノは命を削って身に焔を宿すことができるが、それとはまた違う。

命なんて削らずに宿し、自在に使うことのできる焔。

そんなものは、死ぬ気の炎しかないのだ。

ましてや、それを戦いの武器にできるほどに扱える人間なんて、それこそ酷く限られて。

握り締めた拳が熱い。

口から出るのは、ただの場流し。

「今現在、か?」

「そうだ。僕は今、それについての研究をしている。

誰でも死ぬ気の炎を戦闘に使えるほどに昇華できるようにな」

「……それは、既に実用化されてんのか?」

口任せが、意外な点を突いていた。

もしされているようなら、まだ僅かだが他の可能性が出てくる。

「されてるわけない。僕の頭脳を持ってしても、まだ途中なのだ。

他の誰かにできるわけが無い」

出てくる、はずだった。

あったかもしれない僅かな可能性は打ち消される。

ヴェルデは性格的にいけ好かない奴だが、研究という一点ではその力は確かだ。

そのヴェルデが断言するのだから、そこにほぼ間違いはない。

「これだけ言っても、まだ認める気にならないのか?」

こいつも分かっている。

俺が信じたくないということを。

帽子のつばを下げて、無言を返す。

ヴェルデはしばらく視線を向けていたが、ため息を吐いて踵を返し、ぽつりと言った。

「未確認情報を、教えてやるよ」

呆れたような、哀れむような、そんな声。

「生き残って再投獄された奴が、こんなことを言っていた。

『そいつは、手に焔を宿し、妙な形の武器を扱っていた』と。

その武器を描写させて、古今東西ありとあらゆるデータと照合した。

すると、ある人物に行き着いた」

妙な形の、武器?

マフィアであった以上、それなりに武器には見覚えがあっただろう。

そんな人間が、妙な形と断言するほどの、異質な。

「昔、どこかの国の鍛冶屋が作った武器で、扱いが難しくてほとんど使われていなかった。

むしろ、現存していたのが不思議なくらいだ。

だから、それを使用する人間もたった一人に絞れた」

どくん、と心臓が波打つ。

アルコバレーノとしての勘が、告げている。

その先に続く言葉は、決して希望なんかじゃない。

「主に八年前から、一年前くらいまでに活動していた反マフィアだよ。

君も聞いたことくらいあるんじゃないか?

“血の幼子”、メレデタッテメンテ・バンビーノだよ」

ああ、よく覚えている。

ボンゴレの報告に上がってきたのを、九代目の隣で聞いていた。

すさまじく強い子どもで、

いつも敵――つまりマフィアだ――の血で塗れていることからついたあだ名。

そして、その名は、一年ほど前にぴたりと聞かなくなったことも。

「君にはこれで十分だろう」

用は済んだとばかりに、ヴェルデは歩き出した。

多分、ヴェルデが言わなくてもいずれ出された結果だろう。

それをヴェルデがわざわざ俺に言いに来た理由は、明確だった。

アルコバレーノは、互いに忌み嫌い、互いに疎遠し、そして互いの言葉を疑わない。

だからヴェルデは、ここに来た。

「性格、悪いぞ、お前」

逃げ場を、塞ぐかのように。

「それでも、これが僕のアルコバレーノとしての責務なんだ、同胞」

それだけ言い残して、ヴェルデは去った。

言われなくても、分かっている。

いなくなったヴェルデに、心の中で呟く。

俺の、黄のアルコバレーノとしての、責務は。


マフィア界の均衡を崩す者の排除であること。