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今日は本当に穏やかな日だった。

入島試験に落ちて、来る、バカなマフィアもいなかったし、抗争も何も無くて。

のんびり自己鍛錬に励むことができるくらいには、暇だったのだ。

日が落ちて、営業が終わって、仕事は終わりとばかりに眠りについた。


真夜中なのに、何故かうっすらと意識が覚醒し、まどろみの中で空が真っ暗なのを確認し、

首をかしげながら再び眠りにつこうとしたときだった。


ジリリリリリリリッ


警報が、鳴った。

耳に突き刺さるような、鋭い音が。

「な、何だ、コラ!」

慌てて起き上がり、身支度を整える。

ライフルの確認をし、相棒を起こして外に出た。

自分が寝床にしている場所は、島の裏側。

この辺りに異常はない。

ということは、何かが起こったのは、島の正面だ。

即座に相棒に指示を出し、足に捕まって山を越える。

山の向こう側は、戦場になっていた。

警備に当たっていた連中があちらこちらで倒れている。

もしかしたら既に息絶えているかもしれない。

戦場に行くよりは、指揮官に確認を取った方が状況確認は早い。

少し見渡して、それらしき場所へ向かった。


「どうなっているんだ、コラ!」

案の定、指揮を出していた人間を見つけ、すぐさまに問い詰める。

「コロネロさん!」

そいつは少し安心したような表情を見せると、ファルコから手を離して着地した俺に、

縋るように状況を話し始めた。

そいつの話だと、やはり襲撃を受けているらしい。

抗争が始まってまだ十分しか経っていないという、たったそれだけであんな惨状なのか。

敵の数は少ないようだが、凄まじい戦闘力を持ち、次々警備兵がやられているようだ。

圧倒的に不利な状況だ。

しかし、まがりなりにもマフィアの連合軍の守る土地。

それを、ここまで壊滅的状況に追い込んでいるなんて。

なんにしても、ここは守らなければならない。

見知った奴が何人かいるのもあるが、アルコバレーノの誇りもある。

「お前はとにかく被害が少ないように努めておけ、コラ!俺は戦場に向かう!」

そいつが頷くのを待たず、ファルコに掴まって戦場に舞い戻った。

見れば、俺が離れていたのはたった三分ほどだというのに、戦況はさらにかなりまずいことになっている。

まず、警備はほぼ全滅。

かつ、建物はあちらこちら破壊されて原型を留めていない。

「なんて奴らだ……!」

パッと見て、特に戦闘の中心にいるであろう奴の下へ降りた。

「コロネロさん!」

既にボロボロだった何人かの奴らが声を上げた。

その姿からも、目の前の敵とは圧倒的力量の差があったことが分かる。

「お前らは下がれ!一マフィアの手に負えるレベルじゃねえ!

とっとと戻って戦況を報告し、他に敵がまぎれていないか探すんだ、コラ!」

「はい!」

返事をして戻って行ったのは三人。

動けない、もしくは動かない奴らは、そこらへんに山ほど。

現状を確認してから、奴に向き合う。

姿と手に持っていた武器は血塗れ、顔は仮面とフードで全く分からない。

そして、思っていたよりも小さかった。

女か、もしくはまだ十代前半程度の子どもだ。

意識の隅に何かが引っかかる。

映像とか、言葉とか、声とか、そんなものが次々に脳裏を通り過ぎていく。

霞んでいて、何も思い出せない。

ただわかるのは、こいつはやばいという、本能による警鐘のみだ。

「テメエ、何もんだ、コラ!」

これで答えてくれたら苦労はしない。

当たり前だが、沈黙だけが返って来た。

僅かに、体が動いた。

来る。

驚くべき速さで突っ込んできたそいつの攻撃を、ファルコによって宙に浮くことで回避した。

まともに戦ったら、俺でも分が悪い。

いや、体術専門のアルコバレーノでも、対等にやれるかどうかだ。

ここは遠距離攻撃に限る。

ライフルを構えて、狙いを定める。

打とうと、引き金に手をかけた瞬間、そいつは視界から消えた。

そう、それは唐突に掻き消えたのだ。

気配も何も感じなくなり、慌てて辺りを見回す。

すると、不意に、ぞく、と悪寒がする。

反射的に空を見上げれば、そこに星空なんて一片も無くて。

「ファルコ、回避だ!」

頭上から振り落とされた武器を、間一髪で避ける。

武器についていた血が、何滴か体に降りかかった。

慌てて距離をとり、現状を確認する。

見れば、彼は落下していく最中だった。

その少し離れたところで、へこんだ足場がある。

空に逃げた俺を追うために、建物を上り、飛び掛ってきた……?

そんな、戦い方、まるで。

後方で、耳をつんざくような爆音が鳴った。

「なっ!?」

振り向けば、そこには炎で覆われた、巨大な建物。

先ほどまで俺がいた場所だった。

それが指し示すのは、つまり。

頭の中がぐるぐると回転する。

相手の挙動、散開の仕方、正面から突っ込んできたその布陣。

「くそ……やられた!」

そこでハッとしてから、慌てて奴を探す。

少し離れたところに、おそらく仲間といた。

爆発によって生じた風の流れの変化で、僅かに音が聞こえる。

「作…は成功…た。撤……るぞ、――」

逃げる気か!

追いかけようとして、ぴた、と動きを止める。

俺の、青のアルコバレーノとしての、責務。

ぎり、と歯をかみ締めて、逃げる奴らをただ呆然と見送った。


ただその姿と、血塗れのその武器を、目に焼き付けて。