] 乱暴に身に纏っていたのものを投げ捨てる。 それを受け止めるのでさえ、寝床は悲鳴を上げた。 目の前の鏡に映った自分の目は、自身でも笑えるほど濁っている。 「任務、完了しました」 「ああ、実行部隊からも聞いている。暗殺部隊の屋敷の破壊は滞りなく終了した。 引き付け役を十分に果たしたようだな」 有難きお言葉、と頭を下げる。 「して、次の任務は?」 「お前は本当に働き者だな。三日後に次の任務を言い渡す。それまで休むがいい」 「承りました」 用は終わったと背を向ける。 部屋を出る直前に声がかかった。 「ああ、そういえば黄のアルコバレーノと接触したらしいな。 どうだった、久しぶりの“先生”は?」 その言葉には多分の嫌味と皮肉が込められている。 「何も。あれはただの敵です。 任務終了の号が入ったばかりに仕留められなかったのが口惜しい」 失礼します、と出かけていた部屋を出た。 振り向かなくても、にやりと笑ったのが分かる。 気持ち悪い、と心中で吐き捨てた。 指令室から宛がわれた部屋に戻る。 途中顔見知りであるはずの何人かとすれ違ったが、誰も見向きもしなかった。 あいつは俺だと分かっていた。 分かっていて、あそこで待ち伏せしていた。 今回の目標地点、ヴァリアーの面子、アルコバレーノ。 これだけ揃えば作戦がどうして漏れてしまったのかは見当が付く。 わざわざ報告する必要も無いか。 今回の原因はこの先に影響を及ぼしはしないだろう。 やすりで愛器を研ぐ。 銃弾を受けてもさして傷は付かないが、刃は研ぎ澄まさせておくに越したことは無い。 それは決して武器だけにいえたことでもなく。 復讐者の牢、マフィアランド、ボンゴレ暗殺部隊の屋敷。 これだけやればいくらなんでも向こうも本腰を入れて来るだろう。 当然手鍛も数多く出てくる。 だが、誰が出てこようとも俺は戦い、勝ち、生き抜かなければならない。 どれか一つ欠けた時点で全ては終わってしまうのだ。 それでは何の意味も無い。 成されたことしか意味は無いのだ。 それは何があろうとも絶対不変の真理。 ああ、もしその真理が揺らぐようなことがあれば、俺は今、ここに存在し得ないだろう。 空いた三日間のうち、一日を埋めるために外に出た。 その場所に行くようになったのはもう六年は前のことだが、 その日のことだけは今でも鮮烈に思い出せる。 いっそ、忘れてしまえれば。 そう思ったことも数知れずあったのだけれど。 割り切り、捨て去ることのできない自分は、やはりこうしてここに来る。 森の中、立てられた石にそっと花を添える。 そっと石を撫でて、呟いた。 「俺に、あなたを越えることはできそうもない」 何も刻まれなかった石。 刻む意思すらなかった俺を、あなたを越えることもできない俺を、許してくれとは言わない。 許される資格がないのは、何より自分がよく知っている。 だけどせめて、どうか。 「あなたの意志を、一欠けらでも俺に分けて欲しい」 強き意志、俺が尊敬するあなたの心を。 石にもたれかかって、しばし目を閉じた。 返事が無いことは分かっている。 それでも、僅かに残された余韻に浸っていたかった。 日が暮れるころ、ぼんやりと見つめていた石から目を放す。 「もう行かないと」 立ち上がって、土を払う。 土が夕日に当たって紅く見えた。 「また来れることをどうか祈っていてくれ」 あなたが望むことは、そうではないことを知っているけれど。 相も変わらず殺風景な部屋で、寝床に倒れこむ。 ベッドなんていうほど高尚ではないそれは、割りと大きめな音で軋んだ。 押し返す力もないそれは、まるで俺のようだ。 寝床の上から机に目をやる。 基本は報告書を書くためだけの机に、唯一の私物が置いてある。 それは俺の支えであり、俺を切り裂く刃でもある。 手に取ると、僅かにカタンと音がする。 何もかも分かった上でここにいる。 だからこそ、もう手遅れなのだ。 持っていた名前も、この体に流れる血族の血も、もう何の意味も無い。 「だから今更、なんだよ」 コトン、と手にしていたものを置いて、目を閉じる。 暗闇はどこまでも続く、この命が続く限り。