]T 「それで、被害状況は?」 重々しい声が響く。 相対していた人物は、淀みなく報告書を読み上げた。 「構成員二十名死亡、十五名重軽傷、三名行方不明。 幹部は残っていたベル、レヴィが応戦しましたが、二名共に軽傷程度で済んでいます」 以上です、と言った男を下がらせる。 幹部たちが軽傷だったのは、あちらが故意に避けていたのかもしれない。 だが、どちらにしてもこちらの負けだ。 この情報はあっという間に伝わり、マフィア界の暗黙のルールが牙をむくだろう。 マフィア全体の敵は、マフィア全体で駆逐にかかるのだ。 まだ、何も分かっていないというのに。 襲撃の際現場にいたという懐刀は、あれから戻ってきてはいない。 おそらく、彼に会ったのだろう。 そして拒絶されたのだ。 頭の端で、まだ衰えていない超直感が疼く。 どうか、この怖れが杞憂であるように。 ボンゴレのドンという立場上、何もしないわけには行かない。 幹部達を集めてすぐに会議を開いた。 みな、信頼の置ける部下達だ。 だが、また超直感に何かが引っかかる。 何が引っかかっているというのだろう。 このような奇妙な感覚は初めてだ。 ただ漠然と、違う、と。 何がなのかも分からない、ただここに違和感を感じる存在がいる。 ぐ、と拳を固めた。 会議は、奴らの拠点を見つけ次第、総攻撃をかけることで決まった。 奴ら自体は何年も前からいる組織。 それでいて今まで一度も見つけられていないのだから、 こちらが本腰を入れたところで時間はかかるだろう。 それまでに、することは山ほどある。 右腕を自室に呼び寄せる。 「何か御用ですか」 「先ほどの会議に集まったもの全員の、ここ最近の動きを極秘に洗え」 ぴく、と右腕が僅かに反応した。 「彼らをお疑いですか」 「私とて疑いたくはない。だが、何かが感覚に引っかかるのだ。 巧妙な仮面の下に隠された、巨大な悪意がちらつく」 「……了解しました」 しばし考えた後、右腕は部屋を出て行った。 とりあえずはこれでいい。 次は各マフィアのドンたちとの連携を取るためにスケジュールを調整せねば。 そこで、先ほど閉められた扉が開いた。 視線が下へ向く。 帰ってきていなかった、リボーンだった。 「……お帰り、リボーン」 「あいつが来た」 もう、誰のことかは言わなくても分かる。 「戦った。微塵の余裕もなく、俺の命を奪いに来た」 椅子に座った私からは、小さい彼の顔をうかがい知ることが出来ない。 多分、無表情なはずだ。 この不器用な懐刀はとても、負の感情を表情に出すことが苦手なのだ。 「どうしてだと聞いた。あいつは、もう全てが手遅れだと言った」 それはどこまでも冷たい拒絶。 「分かんねえ、分かんねえことがこんなに怖えと思ったのは初めてだ」 「そうだろうな」 私も分からないよ、と上を仰ぎ、椅子がぎし、と鳴った。 「どうして私の超直感は、私が知りたいと思っていることは教えてくれないのだろうね」 いつだって、超直感は私の思うとおりには働かない。 それは襲撃や、裏切りや、謀反といった、汚いものばかりに反応する。 私と言うよりは、まるでボンゴレを守るための力のようだ。 超直感と言えば、ボンゴレの代名詞ともいえる高潔な力と語り継がれてきた。 己と、己の大切な者を守るための力だと。 それがいつの間に、こんな力になってしまったのだろうか。 「私は九代目として、ここを動けない。ここまでもどかしいと思ったのも、初めてだ」 君がうらやましい。 自由に動けることの出来る君が。 アルコバレーノという、ありとあらゆる道に通じる名前を持つ君が。 けれど、君はきっと、自分の肩書きを嫌がるだけなのだろう。 調べれば調べる程、泥沼にはまっていくこの状況では。 けどやはり、私は君がうらやましい。 「行っておいで、リボーン」 だって君は。 「まだ、伝えたいことがあるのだろう?」 彼に会いに行くことが出来るじゃないか。 僅かに、彼の纏う雰囲気が変わった気がした。 「……そうだな」 リボーンは踵を返す。 その背に、おそらくもう迷いは無い。 「行ってくるぞ、九代目」 「ああ、行っておいで」 どうか私の代わりに、君の心を伝えに行ってきなさい。 まだ何もかも手遅れでは、ないはずなのだ。 だって彼は、まだ生きている。