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目を閉じれば、いつだって最愛の妻と大切な息子の笑顔が目に浮かぶ。

そのどちらも見えなくなってしまった今は、それは大事な思い出だ。

だが、必ず、どちらもこの手に取り戻してみせる。

それが、たとえどれだけ困難なことだったとしても。


「親方様、ただいま戻りました!」

「よく戻った、バジル。何か収穫はあったか」

部下達は、みな例の集団を探すために散り散りに散っていた。

九代目から、どうやら組織にあの子がいるらしい、という話を聞いたのだ。

俺はアジトにこもり、みなが集めてきた情報を集計していた。

それはマフィアとしてでも、ボンゴレの門外顧問としてでも、

夫としてでも、父親としてでもある。

そして今、愛弟子でもあるバジルが戻ってきた。

「はい、一つ気になる情報がありまして」

「何だ」

「……べっこう飴の色の目の少年を見た、と」

ガタン、と椅子を倒すようにして立ち上がった。

バジルも分かっているのだろう。

その瞳の持ち主は、誰か。

神妙な面持ちで俺を見上げている。

「どこで、誰が」

「イタリアの隅の町で、小さな子どもが」

詳しく話してくれと、バジルに促した。


今、拙者はイタリアの隅にある町にいる。

親方様の命令で、ご子息と奥様の情報を探しているのだ。

こんなところで情報がつかめるかどうかは分からないが、

手がかりが無い今、しらみつぶしに探すしかない。

公園のベンチで、休憩を兼ねて昼食を取っていた。

親子が何人か公園内で遊んでいるのを微笑ましげに眺める。

ふと、お菓子を買っている親子に目が行った。

「何が食べたい?」

「じゃあ、べっこうアメ!さっきのお兄ちゃんの目の色といっしょだし!」

思わず口に含んでいたものを詰まらせそうになる。

べっこう飴色の瞳など、イタリアでもそうそう見かけない色で。

だが、自分はその瞳の持ち主を二人知っていた。

敬愛する親方様の、最愛の奥様とご子息。

「すまぬ、少年。そのべっこう飴の色の目をした少年というのは?」

話しかけると、きょとんとした子供の丸い目が自分を覗いた。

「お兄ちゃん、誰?」

「拙者は……その少年を探しているのだ。教えてくれないか」

首をかしげた子どもと、若干訝しげな母親。

ああ、さすがに怪しかったか。

どうか頼むと頭を下げると、何とか話をしてくれた。

「ぼくね、さっきまで、南の森でまいごになってたの。

でもね、そのお兄ちゃんが、助けてくれたの」

買い物途中に母親とはぐれたらしい。

母親を呼びながら森をさ迷っていると、突然現れて、そして町まで連れて行ってくれたと。

「どのような人だった?」

「お兄ちゃんくらいの背で、蜂蜜みたいな髪の色だったよ」

どくん、と鼓動の音が聞こえる。

間違い、ない。

急き込むように尋ねた。

「顔は!?」

「こーんなにあったかいのに、真っ黒なコート着てて分からなかった。

でも、とっても優しいお兄ちゃんだったよ!」

にこ、と笑う少年の顔には何の含みも無い。

この少年は、おそらく偶然会っただけだったのだ。

けれど、なぜ彼はこの子を見逃した?

そう思いたくはないが、彼は既に何千というマフィアを殺害している。

僅かでも情報が漏れる可能性があるなら、子ども一人消すくらい躊躇わないのでは……?

「何か言っていたか?」

「んー、もうここには来るなって、危ないって」

あと何か言ってたかな、と頭を抱える少年を見ると、有力そうな情報はここまでか。

だが、これだけでも十分な収穫である。

「ありがとう、少年。とても助かった」

母親にも礼を言って立ち去った。

「ばいばい、お兄ちゃん」

手を振る少年に笑顔で返す。

その姿が見えなくなってから、走り出した。

一刻も早く、このことを親方様に伝えねば。


これで終わりです、とバジルが言った。

「それはいつのことだ」

「つい先ほど、午前中のこと。

ですから、彼がいたという森で、何かあるのかもしれません」

続けてバジルが告げた町は、なんとここからさして遠くない。

だから一度指示を仰ぐために戻ったのだと言ったバジルに、軽く頷く。

殆ど何の手がかりもないと言った方がいい状況での、あの子に繋がるかもしれない情報。

することはもちろん決まっている。

「……ついさっき、ラルからすぐに戻ってくると連絡が入った。

ラルが戻って来次第、その森へ向かうぞ!」

「はい!」

他のメンバーは今は遠い。

彼らまで待っている暇は無い、あの子はまたどこかにいってしまうかもしれないのだから。

すばやく作戦を組み立てる。

冷静に動く頭とは対照的に、そのどこかで小さく願う。


子どもを逃がしたあの子が、まだ優しい心を持っていることを。