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報告どおり一刻もせず帰って来たラルを加え、バジルが聞いたという森へ向かう。

森は閑散としていて、何の音もしない。

「バジル、確かにここだな?」

「間違いありません」

ラルが来るまでの間、バジルは何回も地図を確認していた。

町から南にある、人気の無い森。

多少広い森ではあるものの、そこまで草木はしげっておらず、物音はそこそこ通るだろう。

とりあえず、警戒しながら慎重に奥に進む。

三十分ほど進んだところで、先頭のラルが足を止めた。

「ラル、どうした」

「……この先、誰かいるぞ。気配と、微かに話し声がする。複数……五、六人はいるな」

その言葉に身を固める。

すぐさま、銃の安全装置を解除する。

バジルもいつでも戦えるようにブーメランを抜いた。

「風下に向かうぜ。少しは会話が聞こえるかもしれない」

視線だけで頼む、と促す。

頷いたラルは、少々方向を変えて、再び慎重に歩き出した。


再び足を止めたラルにならって、足を止める。

そして指差した方向に耳を傾けた。

よくよく耳を澄ませば、僅かに音が聞こえてくる。

それは、確かに声を形作っていた。

「作戦……は無いな?」

「異常……変更もまた……」

聞こえてきた言葉に、視線だけでバジルに促す。

心得たとばかりに、バジルは最小限の音で地図を取り出し、

しばらく眺めた後一点を指した。

それはあるマフィアの屋敷だ。

おそらく目標はそこだろう。

というより、この辺りでマフィア関連の重要な場所はそこしかない。

地図を見ていたラルが、小さく舌打ちした。

どうした、と視線を向けると、持っていたライフルを地図の上に滑らせる。

そして、ラルが言いたいことが分かった。

地形が悪いということだ。

奴らがいる地点から突入する場所は予測できる。

だが、その場所を見渡すことのできる場所はなく、奴らは屋敷の風下にいる。

つまり、俺達が奴らから見た風下にいる限り、先手が取れないのだ。

しかし、かといって屋敷に近づけば、奴らに気づかれる。

まがりなりにも少数であちこち破壊しているやつらだ、その力は侮れない。

しばらく考えた後、屋敷の後方、少し離れたところ、

ぎりぎり屋敷が見える場所で待機することにした。

多少見つかる危険はあるが、黙って奴らを見守っているわけにも行かない。

なるべく大回りで向かうようラルに言って、森を歩き出した。


たっぷり数時間かけて屋敷の裏へ回り、また数時間待った頃。

変化は訪れた。

一発の銃声が森を駆け抜ける。

すぐさまラルとバジルにコンタクトを取って、なるべく音を立てずに走り出した。

屋敷についてみれば、すでにあちこちで戦いが起きている。

それも、相当な数のマフィアの屍が転がったまま。

「銃声はつい先ほどだというのに……いったいどうやって」

辺りを警戒しながらバジルが呟く。

「家光、やつら既に屋敷の中にも潜入してる!」

ラルも警戒しながら叫んだ。

少なくとも、相当数の護衛がいた屋敷。

ということは、中にはそれなりの位を持ったマフィアがいるはずだ。

「俺達も中に入るぞ!」


構成員ともっとぶつかると思ったが、意外と言っていいほどなかった。

なぜなら、今まで通った道には、無数の死体が転がっていたからだ。

道しるべのようなそれを辿って、階段を上る。

そうして、折り重なるように倒れていた彼らの道しるべが終わった。

一つの部屋の目の前で。

開け放たれていたその部屋に、銃を構えて踏み込む。

目の前で何が起きているのかを認識するまえに、嫌な音が部屋に響いた。


ぐじゅ


焦点の合わない目をした男が倒れている。(どこかで見かけた顔だ)

その左胸には、見たことのない武器が突き刺さって。(研ぎ澄まされた刃を持った)

黒いコートを着た人間が、背を向けて血に塗れて立っていた。

どこか異常な光景に、動きが凍る。

数瞬の静寂が広がる。

すでに全く音を立てない男はとっくに絶命していた。

ずぶ、と静寂に音をもたらしたのは、人間が武器を引き抜く動作。

それから、人間はゆっくりとこちらを振り向いた。

黒いコートの下には、能面のような白い面。

おかげで人間の顔を窺うことはできない。

ラルとバジルが構える。

人間も、すでに血塗れの武器を構えた。

頭のどこかで冷静な処理が成される。

ここに、窓は無い。

おそらく外からの狙撃のためだ。

よって、この部屋から出るには扉から出るか、壁を壊すか。

そしてその扉には俺達が立ちふさがっているのだから。

最後の結論が出る前に、目の前から姿が消えた。

僅かに風を切る音がして、慌てて横に避ける。

一瞬前まで目の前にいた人間は、

さきほどまで俺がいた場所で、ラルとせめぎあっていた。

「お、前……メレデタッテメンテ・バンビーノか!」

ラルがライフルを振って跳ね返す。

ラルの言った言葉が僅かに頭に引っかかったが、それを考える前に鋭い音が鳴った。

笛の音のような、甲高い、切り裂くような音。

それに人間は反応し、武器を持ち上げた。

壁を壊して逃げるつもりだ。

逃がすか、と人間が武器を振り下ろしたところに銃を構える。

みしりと嫌な音が鳴った。

「親方様!」

白い仮面からは何も分からない。

ただ、黒い殺気だけが突き刺さる。

「お前達は、何のためにこんなことをしている!復讐か!?」

ぎりぎりと相手の力を何とか受け止めた。

まずい、長くは持たない。

どう転ぶか分からずに、

だがすぐにでも動けるように待機したラルとバジルが視界の端に映る。

おそらく、このままだと逃げられる。

その前に、少しでも情報を得たい。

何でもいいから、あの子に繋がる情報を。

そこで、今まで一言も喋らなかった人間が口を開いた。

「そうだ。俺の母親は、お前らに――ボンゴレに殺された」

やはり復讐か。

何とかもう少し情報を聞き出せないか。

そう考えた瞬間、人間の足が動いたのが分かった。

今まで受けていた力を流し、咄嗟に横に転がる。

入れられるはずだった蹴りを避け、足元を狙って数発撃ち込んだ。

床に銃弾がめり込んだ音がする。

外した、と思ったときには人間は既に壁に穴を開け、飛び出していた。

まだ大したことも聞き出していないのに、逃げられた。

舌打ちしながら壁に開いた大穴から人間を睨みつける。

落ちる直前に人間は口を動かした。

感じる視線は、冷たいというよりは無感情で。

「だから俺はお前を許さない、―――」

何かで射抜かれたような感覚を感じた。

思考が止まった瞬間に、人間は視界から消える。

ラルがライフルの引き金を引く頃には、人間は着地して走り出していた。

もう追いつけない。

「親方様、申し訳ありません!」

「ちっ逃がしたか」

逃亡を確認した二人が思い思いの行動を取る。

それを意識の端で感じながら、たった今聞こえた声が頭を駆け巡る。

何て言った?

やつは、あの人間は、“あの子”は、今。


「だから俺はアンタを許さない、“父さん”」