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何か情報を掴んではいないかと、チェデフの元を訪れた。

だが、そこに家光はいなかった。

さっき帰って来たばかりだというオレガノと、

家光の出てくる、という簡潔な置手紙だけ。

バジルと共にラルもついているというから、命の心配はおそらくないだろうが。

待つこと数時間、待ち人は帰って来た。

悔しそうなラルとバジル。

それから、珍しく混乱しきった家光が帰って来た。

挨拶もそこそこに、何があったのか尋ねる。

すると、ツナを森で見たという少年の証言を得、

ついさっきまでその森にいたというのだ。

「それで?」

結果は聞かなくても分かる。

帰って来たときのこいつらの表情を見れば。

だが、こいつらが何も掴まずに帰って来たはずもない。

さっきから喋らない家光と、

どうやらよく状況が飲み込めなかったバジルを置いて、ラルが口を開いた。

「リボーン、お前、メレデタッテメンテ・バンビーノについて、何か知っているか」

「ラル、屋敷で現れた奴をそう呼んでいたな。

リボーンさん、何者か知っていますか?」

ラルとバジルの眼に浮かんでいるのは純粋な疑問だ。

知らなかったのか、気づかなかったのか。

ツナを森で見たというのなら、どうして結びつかない。

それとも、結び付けたくないほど。

その、屋敷の惨状は酷いものだったのか。

「……リボーン、お前、知ってたな」

ずっと黙っていた家光が口を開いた。

それは重く、ようやく搾り出したような声音。

何をだ、と首をかしげるラルたちが、俺の方を見た。

「知ったのは、つい最近だ。その様子を見ると、家光、お前は分かったみてーだな」

答えない。

返事をしたくないのか、認めたくないのか。

俺だって信じたくない。

でも無慈悲に現実は目の前に転がっていて。

そして、俺たちに出来ることは、限られている。

だから、俺は。

「メレデタッテメンテ・バンビーノ、八年前に現れた、

恐ろしく強いと言う反マフィア組織の一員。

武器はジェメーロ・ラマ。

そしてやつは、ここ一年間はぱったりと消息を絶っていた。

だが、つい最近、再び活動し始めた」

ラルは感づいたのかもしれない。

バジルとオレガノは聞いているだけだ。

家光は何も言わない。

俺は先を続けた。

「その正体は、元ボンゴレ十代目候補・沢田綱吉だ」

ラルはやはりかと舌打ちする。

バジルとオレガノは単純に驚愕だ。

家光は……。

「リボーン。あの子は俺たちに、俺にこう言った」

何か話したのか、あの殆どと言っていいほど口を開かないあいつが。

だが、家光の顔から、決していいことではないと予測はついている。

覚悟を決めて、拳を握り締めた。

「“俺の母親は、お前らに、ボンゴレに殺された。

だから俺はお前を許さない”……」

一度言葉を切って、それから呟くように続けた。

「“父さん”」

それだけ言って、家光は座り込んでうなだれた。

やはり、ショックだったらしい。

「親方様のご子息が反マフィア組織……!?なぜ、そんなことに……?」

「そこまでは分からねー。

だが、少なくともあいつが言ったことは関係してんだろーな」

“母親”、ほぼ間違いなく、ママンのことだろう。

だとすると、ママンは……。

「奈々は……死んでしまったのか……?」

そういうことになる。

それも、あいつの言ったことが正しいのであれば、

マフィア、しかも身内のボンゴレに殺された、ということだ。

もしそれが本当ならば、ツナがマフィアを恨んでいるというのには筋が通る。

だが、どうにもすっきりしない感覚が残る。

根拠は無い、勘のような直感。

しかし、長年戦いを潜り抜けるなかで培った直感というものは、結構侮れないものだ。

疑念を晴らすために出来ること、考えうることは。

「まだ、それは分かんねーぞ。ツナが嘘を言っている可能性もあるし、

死というものが肉体の死だけを表すとも限んねー。

何よりも、俺達はまだあいつらについて知らなさ過ぎる。結論を出すのはそれからだ」

微かな、嘘の様な存在だけれど、まだ望みはある。

そう、俺達はまだあいつらについての情報が圧倒的に足りない。

構成員や頭、どこまで根を張っているのか。

明確な目的や標的も、理由も分かってない。

今の情報だけで結論を出すのは時期尚早だ。

まずは情報を得ることだ。

方針を定めたところで、ぱん、と小気味よい音がした。

家光が自分の頬を叩いている。

「そうだな、何もしていないのに諦めるなんてことしたら、奈々に怒られちまうよな」

気合を入れなおしたらしい家光に小さく笑う。

家光のその様子に、周りの面々を少し安心した表情を見せた。

そりゃ、ボスが暗い顔してたら不安になるよな。

「もし彼らが怨恨による活動を行っているのなら、標的を絞れるかもしれません」

オレガノがすぐに頭を切り替えて秘書モードに入ったみてーだ。

確かに、目的に見当がつけば、その行動を予測できるかもしれない。

「よし、まずはその線で探ってみよう」

周りの奴らが頷いて、今後の方針を決め始めた。

今わかることはもう無さそうだから、

何か分かったら連絡するよう言って、チェデフのアジトを出た。

何だ、何かが引っかかる。

足は止めずに、思考に意識を回した。

さっきのような、感覚に引っかかるような、違和感。

そう、違和感だ。

何かがおかしい。

どこかが矛盾している。

それが分かれば、何かの突破口になるかもしれない。

何だ?

何が矛盾している?

“……何もかも、とうに遅すぎるんだよ、リボーン”

“俺の母親は、お前らに、ボンゴレに殺された。だから俺はお前を許さない”

どくん、と心臓の音が鳴った気がした。

情報や、言葉が頭を駆け巡る。

途中、糸と糸がすれ違った。

これだ。

そうだ、違和感の原因。

恨んでいるというのなら、憎んでいるというのなら。

どうしてあいつはそれを表に表さない。

訓練されているのかもしれない。

だが、心の底からの憎悪というものは、どうしても言動の端々に滲んでしまうものだ。

だがあいつにはそれがない。

ひたすら、深く、真っ暗な海のように、“何も感じさせない”。

だから、おかしいと思った。

武器を、憎しみの言葉を向けられているのにも関わらず、

相手に憎悪を感じられなかったから。

理由はまだ分からない。

だがそれは、絶望的に近い状況の中で見つけた小さな穴だ。

その穴を広げるために、前に進むために調べなければいけないことがある。

意識を現実に戻す。

目的地を定め、歩き出した。


この小さな穴が、彼に通じる道に繋がることを信じて。