]X 一枚紙をめくる。 少し前に作られたそれは、若干端々が傷んできていた。 仮にもボンゴレの所持する書類なのだから、もうちょっと丁寧に扱え。 記事は、八年前のもの。 メレデタッテメンテ・バンビーノに関するもの。 この前にこもった時に一度読んだそれらを、もう一度読み直す。 “ええ、何が起こったのかよくわかりませんでした。 ただ、気づいた時には目の前の仲間が斬られていました” “遠目に見ただけですが……その子どもには迷いというか戸惑いというか…… 本意ではないという感じがしましたね。 あんな子どもに無理やり人殺しをさせる組織があるかと思うと、ゾッとします” “ほんの一ヶ月ほど、メレデタッテメンテ・バンビーノは現れなかった時期がある” “ひたすら怖かったです。目の前で血を浴びる子には、何の感情も見えなかった。 ただ、殺しているだけ、そんな印象を受けました” あの時は何も思わなかった。 よくよく考えればおかしいことであるのに、自分も焦っていたということか。 ツナが、メレデタッテメンテ・バンビーノが現れた初期、 その子供には“迷い”があったという。 人を殺す直前、僅かに躊躇うような、そんな迷いが。 だが、一ヶ月ほど活動を停止したあと、迷いを振り切っていたという。 人を殺すことに何のためらいも無い、感情もない、 ただただ武器を振るうだけの子ども。 空白の前、初期の頃が自分の知っているツナに近く、 空白の後、一番近い記事ほど、今のツナに近い。 あれは、迷いを振り切ったという感じではない。 迷いを感じていないというか、諦観や達観のような、 壁の向こうから眺めているような印象。 当時十歳のツナは、既にそんな印象を人に与えていた。 とすると、この空白の一ヶ月に何があったのか。 予測、というよりは願望に近いが、俺の考えが当たっていれば、 ここでツナの感情を削ぎ落とされる何かがあった。 それまでは、ツナだってただの子どもだった。 人殺しをためらう子どもだったはずだ。 一体何があった。 書類を所定の位置にしまう。 これ以上のことは、書庫では分からないだろう。 後は、自分の足で動いて調べるしかない。 「九代目」 「……何か分かったのか、リボーン」 「明確なことは何も。予測が幾つか立っただけだ」 九代目はため息をついて、傍らにあった紅茶に手を伸ばす。 こくり、と飲んでから、紅茶を置いた。 「では、私に聞きたいことはなんだ?」 「奴らの次の標的、目処は立ったか?」 おそらく家光から、奴らの目的が復讐にあるだろうことは聞いているだろう。 今まで奴らが襲撃した場所、現在のマフィア界において重要な拠点、 それらから多少の推測は立つはずだ。 九代目は、机の上に乗っていた地図を投げ渡した。 受け取って、開く。 あちこちに印が付いていた。 「今まで襲撃された場所、か?」 「その通りだ」 印と、近くに小さく日付がついている。 地図は、イタリア周辺のものだった。 「日付を見てごらん」 いわれて、幾つかの印の日付を辿る。 最近になるにつれ、その印はイタリアに集まってきていた。 「奴らの狙いは此処……イタリア、か?」 言って、ふと、目に付いた。 最近やられている箇所に、共通点がある。 他の場所にも目を通す。 まさか。 「……ボンゴレ?」 共通点は、ボンゴレ関連であること。 ボンゴレが直接関わっている場所もあれば、 ボンゴレと同盟を結んでいるマフィア関連の場所もある。 一見すれば何の繋がりもないが、ボンゴレという一点で確かに繋がっていた。 とすれば、奴らの狙いはボンゴレ本部か? 「私もそう予測を立てた。既にボンゴレは迎撃の準備をしている」 全ての部隊にその旨を通達し、 首脳部を集め作戦や陣形を立て、本部の警備を固めている。 今のボンゴレならば、それなりの大国一国をおとすくらいはわけないだろう。 ほんの百にも満たないだろう組織に、何千ものファミリーを持つボンゴレが総力戦。 マフィア界の一般的な常識からいけば、比べることも無くボンゴレの圧勝。 だが、事態はすでにそんなものは捨てなければいけないところまで来ている。 「リボーン、私はこれほどボンゴレ九代目であることを悔しく思ったことは無いよ。 本音を言うなら、ツナヨシと戦いたくは無い。 私にとっては、あの子も身内のようなものだ。 だが、私はボンゴレのドンである以上、ファミリーのために戦わなくてはならない」 「俺も同じだ。本当なら、“いつも”みたいに、あいつの頭、ハリセンでぶん殴って、 何でこんなことをしたのか問い詰めてーくらいだ。 だが俺も、“黄のアルコバレーノ”として、役目を果たさなきゃならねー」 肩書きを持つものは、なさねばならない役割がある。 それがこんなに重く感じる日が来るとは思ってもいなかった。 あいつは大勢のマフィアを殺した大罪人。 それを排除するのは俺の役目。 だが、あいつを責める権利なんて、俺達には無い。 この世界で生き延びている者たちは、大体その手を血で染めている。 殺したくない、生きたい、殺さなければならない、殺さねば生き残れない。 どこか破綻した理論の中でそれでも生を願い続けている。 俺達はそうして生きてきて、そしてきっと、あいつも同じだと。 そう信じたい。 「俺は、必ずあいつに会う。今度こそ、全部聞き出してやる」 まだ“ツナ”であることを、信じたい。 九代目が、どこか嬉しそうに口を開いた。 「それは、何者としての覚悟かな?」 分かっているくせに、と少し口の端を持ち上げる。 「俺(リボーン)としてでだ」 必ず見つけてやる、首洗って待ってろと空に吐き捨てた。