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こく、と調達してきたばかりの水で喉を潤す。

乾いた喉には、とてもその水がありがたく感じた。

「それで、次はどうするんれすか、骸さん」

水ではなく果物を喉に通している犬は、しゃがみながら僕を見上げた。

「そうですね……」

下準備は済んでいる。

事前の情報収集も一通り終わった。

あとは、ことに乗じて行動を起こせばいい。

それまでにすることは何も無い。

「とりあえずは待機です。ことはそう遠くありません。

今の内に休んでおきなさい」

「は〜い」

元気よく頷いた犬に続いて、千種も僅かに頷いて同意を示す。

それを確認して、自分も体力を回復するために果物を齧った。

前回の騒ぎに乗じて、ボンゴレのそれなりの幹部に印をつけることには成功した。

それを動かして、序々にボンゴレ内部に混乱を起こさせている。

常ならば、それに感づくものがいたかもしれない。

だが、今、マフィアでは彼らを駆逐しようと殺気立っている。

それに隠されて、多少の違和感は気にならないだろう。

体と感覚を鈍らせないように鍛錬をする。

びゅ、と三叉槍を振り上げる。

振り上げて、そして途中で止めた。

「……僕に何かご用ですか」

誰かがいるのは分かる。

誰なのかは分からない。

どこかにいるのは分かる。

でもどこなのかは分からない。

些細な、もしかしたら気付かなかったかもしれないような違和感。

そんな小さな変化の影に、いる。

この感触は、前にも一度だけ、あった。

しばらく返事を待ってみた。

なかなか返事は返ってこない。

……こうなったら、返事が来るまで待ってみよう。

数分待って、ようやく小さな返事が返ってきた。

「終わる」

「……それは、どういう意味です?」

返事を返してくれたのだから、待っていた意味はある。

だが、その言葉の意味を読み取れないのでは、待っていた甲斐が無い。

詳細を促すと、やはりまた数分かかった。

「全てが」

抽象的過ぎる。

全てと言ったところで、それが指している範囲が分からない。

もう一度問い返そうとすると、その前に、今度は予想外に早く、返事が来た。

「お前は、知っている」

言いかけて、やめた。

何となく、その言葉で分かるような気がした。

“彼”がしようとしていることが。

それはきっと、数日後にあるとされている、例のことについてだ。

自分のような者にさえ、既に伝わっている。

つまりそれは、相手にもそれは漏れているということだ。

それでいて、その上で“彼”は行くのだ。

ふう、と小さく息を吐く。

「なぜ、僕の所へ来たんです?」

何をしようとしているのかは分かった。

だが、ここへ来た理由は分からない。

会ったのは、たった二度。

その間に、彼が何か気にかけるようなことがあっただろうか?

「忠告。それから」

彼の気配が、違和感が希薄になっていく。

ああ、行くのだ。

彼がいる世界へ、帰って行くのだ。

もう消えかかるという頃、彼の最後の言葉が、届いた。

「自由に生きろ」

それだけだった。

彼はいなくなった。

もう、ここにはいない。

少なくとも、自分が感知できるような距離にはいない。

彼と会ったのは、これで三度目。

そして、とても短い接触だった。

その中で、少なくとも、何かの言葉を残すような何かを、

自分に感じてくれたのだろうか。

一応、光栄だと思っておこう。

惜しいとは思ったのだ。

彼はとても強い。

強く、強く、そして外側は空っぽだ。

内側がどうなっているかは知らない。

知らなくていいと思った。

それで、きっといいのだ。

きっと僕は彼の心を、一生見ることはない。

だから、代わりにこの言葉を贈ろう。

「僕は、自由に生きます」

彼が言ったからではない。

元々そう決めていた。

彼も、それを知っている。

「お元気で」

彼がもういないことはわかっている。

この言葉を、彼が望んでいないことも分かっている。

これは、ただ、彼が僅かにでも認めてくれたことに対する礼だ。

「また会えるといいですね、沢田綱吉」


返事なんて、もう聞くことはできないだろうけど。