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マフィア界を襲った、反マフィア組織の反乱。

それは、メンバーの大量死と捕獲という結末でとりあえずのケリがついた。

後から分かったことだが、

今回、情報操作した裏切り者やら何やらいたらしいが、早々に逃げ出したらしい。

そして、ボンゴレの屋敷にいたほとんどのメンバーは、

劣勢を見ると、いっせいに自害しだした。

何人かは咄嗟に構成員が止めたため一命を取り留めたが、

大半はそのままその命を閉じた。

捕縛したものたちも、自害をしようとすることを止めない。

ボンゴレの医療班と心理科学者たちが、

相当強い暗示をかけられていると報告してきた。

その暗示を解くにはかなりの時間がかかるだろうとも。

構成員の殆どは、行方不明者になっていた者だった。

生き残っていた者を知っていた者は、みな死んでいた。

いや、殺されていた。

下手人は不明。

そしてそれは事件にすらなることはなく、秘密裏に抹消されていた。

なので、生存者達に関する情報はまるでと言って良いほどない。

そして彼らも、自害を望むばかりで何も話さない。

彼らから、殆ど情報は得られなかった。

だが、たった一人。

自害する前に、ある名前を呟いて死んだ者がいた。

死にたくない、と最後に言いながら、死んでいった。

三十二と名をつけられていた者だった。

それを聞きとめた構成員が、その名前について調べた。

それは、イタリア郊外の森の名前だった。


そこが奴らのアジトだろうと踏んだボンゴレは、手勢を揃え、攻め込んだ。

奴らのアジトは地下にあった。

だが、攻め込まれることは読まれていたのかもしれない。

そこは既にも抜けの空だった。

人は誰一人残っていない。

ただ、物だけが、忘れられたように残されていた。


ぱき、と歩いた場所で音が立つ。

相当古いその建物は、あちこちは既に傷んでいた。

奴らはとうにここの廃棄を決めていたのだろう。

なかなかに広いそのアジトを、眺めながら歩く。

ボンゴレも突入したばかりだ。

上階になにやら色々あるらしく、殆どはそちらを検分している。

自分が今歩いているところは、どうやら居住区らしい。

大体の部屋に、簡易なベッドと粗末な机がある。

あとは私物が少々だが、殆どが戦いに使うようなものばかりだ。

部屋に、それぞれ番号がふられていた。

三十七、三十八、三十九、四十。

これはメンバーが数字で呼ばれていたことから、

構成員の私室ではないかと当たりをつけられている。

四十一、四十二、四十三。

そして、四十四。

軋んだ音を立てて、扉を開く。

そこには、他の部屋と同じように簡素なベッドと机。

そして、その机に何か置かれていた。

近づいて、覗く。

そして固まった。

なぜなら、それは。


「リボーン」

「……家光か」

森の中、ある場所で家光が後ろから話しかけてきた。

いや、俺が呼んだのだから、あまりこの言い方は正しくないかもしれない。

「……ツナが、死んだんだってな」

「ああ。俺の目の前で死んだ」

今でも忘れられない。

熱が失われていくあの感触。

動かなくなった、暗い目。

そして最後の言葉。

「あの子は……あの子が、最後に言い残した言葉は、何だ?」

「……」

「言ってくれ。覚悟は出来ている」

「……嫌だ、と言っていた」

「何?」

家光が聞き返す。

ツナが死ぬ直前に起こったことを、なるべく詳しく話して聞かせた。

ツナはおそらく何かを盾に取られ、

それを守るために戦っていたのだろうということを。

それが何か、まだ分からないということも。

「まさか、奈々か?」

家光が少しばかりの願望を込めた質問を出す。

俺は黙って、目の前にあるものを指差した。

「記憶に自身が無かった。だから、お前に確認しようと思った」

家光が、近づいて俺が指すものを覗き込む。

そこには、小さな石と。

「ママンが好きな花は、これじゃなかったか?」

アヤメの花。

一度くらい、聞いた気がする。

確かアヤメの花が好きだといっていた。

石で出来た墓に、それはきちんと丁寧に水に活けられている。

家光はしゃがみこみ、その花に触れる。

「ああ。好きだと、よく言っていた。

“希望”を花言葉で表すアヤメ……

未来に懸ける、その素晴らしさを、彼女はいつも教えてくれた……」

昔を思い出しているのかもしれない。

そして家光は、隣に並んでいる花に目を向けた。

こちらは随分とぞんざいに扱われている。

ただ、添えられているだけだ。

おかげで枯れかかっている。

「アドニスの花……なぜ、アドニスなんだ?」

「それは俺が心当たりがある……多分、それを添えたのはツナだ」

家光が驚いた顔を向ける。

まだ、あいつも俺も日本にいた頃、あったのだ。

ツナが、花屋のアドニスをじっと見ていたことが。

その時、あいつは――。

「そしてそれは多分墓だろう。

墓石に名前はねーから、誰のものかは掘り出して鑑定でもしないと分かんねーが」

「ああ。少し罰当たりな気もするが、真実を知るためには、やらなきゃな」

家光は立ち上がって段取りを考える。

そしてリボーンは、それが落ち着いたのを見て、懐から取り出したものを渡した。

大分古くなっているそれを見て、家光は目を見開く。

「これは……」

「ここのアジトの、ツナの部屋にあったものだ」

家光はしばらくそれを見つめる。

それから、それを俺に返して歩き出した。

「俺は必ずこの組織を潰す。ツナのためにも、必ず」

僅かに怒気を含ませて、家光は立ち去っていってしまった。

家光から返されたそれを、もう一度よく見る。

それは、写真だ。

大分古い写真立てに入った、少し古い写真。

それに映っているのは……。

獄寺、山本、了平、京子、ハル、ランボ、イーピン、フゥ太、ビアンキ。

それと俺とレオン。

それから、ツナ。

いつだったかに全員で、海に遊びに行った時に、撮った写真だ。

裏には、少し掠れた文字で、“最後のアドニス”と書かれていた。

それが、ツナの部屋に置かれていた。

その意味するところは、何だったのだろう。

出来ることなら、自分の望む形であるといい。

きっと家光も同じことを思っている。

だが、やはり今となっては分からないのだ。

ツナは死んでしまった。

何も語らぬままに。

そして、最後のあれは、何だったのだろう。

真っ暗な闇を映すような、瞳。

俺を誰だと訪ねた、抑揚のない声。

目の前にいるのが誰か分からないように、視力を失ったのか?

それとも……?

「ツナ……お前は……何を、守りたかったんだ?」

答えるものはいない。

それが分かるものもいない。

何も知らぬ風が、二つの花を、揺らす。


乾ききったアドニスの花弁たちが、散った。