穏やかな昼下がり、イタリアの片隅。 広い広い屋敷で、男が一息をついた。 「そろそろ休憩にしよう。お茶を入れてくれ。」 「はい。」 傍に控えていた少女が、男の要求に応える。 まもなく彼女は香ばしい香りのする紅茶を持って戻ってきた。 「君は本当に紅茶を入れるのが上手いね。」 「ありがとうございます。」 少女が礼をすると、窓の外から少し騒がしい音が聞こえてきた。 「ああ、あの子が来たようだ。迎えに行ってやってくれ。」 「はい。」 頷いて、少女は部屋を出て行った。 T 「こ、ここが…?」 「そーだぞ。九代目のいる、ボンゴレの屋敷だ。」 「ってか…でかっ!」 そう言って綱吉は、目の前に建っている屋敷を見上げる。 並中ほどの大きさはあるだろうか。 これが本部ではないというのだから、驚きである。 いや、規模が規模なのだから、これで丁度いいのだろうか。 「で、九代目は何の用だって?」 「さーな。知らねーぞ。」 「知らないって…!」 「文句言うな。」 リボーンに蹴られ、綱吉は悲鳴を上げる。 綱吉を引きずるようにして、リボーンは屋敷の正面に立った。 「リボーンだ。」 するとまもなく扉が開かれ、中からメイド服を着た少女が現れた。 「リボーン様と、十代目様ですね。九代目から案内を申しつかっております。」 「案内してくれ。」 所在なさそうに豪華な屋敷を見渡す綱吉を尻目に、リボーンは少女に尋ねた。 「お前、新顔だな?」 ボンゴレの使用人はたくさんいるが、その中でも見たこと無い顔だ、とリボーンは少女を見上げた。 「はい。先月から九代目の身の回りの世話を仰せつかっております。」 「名前は?」 「シエナ・カッティーニです。よろしくお願いしますね。」 にこりと笑って少女は振り向いた。 「あ、よろしくお願いします。」 綱吉は律儀に挨拶を返した。 少しして、大きな扉の前にたどり着く。 「九代目、お二人をお連れしました。」 「入りなさい。」 許可が出たのを確認して、少女は扉を開ける。 その扉をリボーンがさっさとくぐった。 綱吉も慌てて後に続く。 「よくぞ来た、リボーン、ツナヨシ。」 「久しぶりだな。」 「こ、こんにちは、九代目!」 気楽な九代目とリボーンとは違い、綱吉は緊張しきっている。 その姿を見て、シエナは少しだけ微笑んだ。 そして、メイドの顔に戻す。 「九代目、お二人の紅茶もとって参りますね。」 「ああ、頼むよ。あ、リボーンにはコーヒーにしてやってくれ。」 心得たとばかりにシエナは礼をする。 そしてゆっくりと扉を閉め、去っていった。 九代目は改めて綱吉達に向かい合う。 「ツナヨシ、そう緊張せずとも良い。楽にしてくれ。」 巨大なボンゴレファミリーをまとめるボスを前にして、そんなことできません、 とツナヨシは心の中だけで思った。 口に出すほどの勇気はない。 「それで、今回は何の用事だ?」 さっさとソファーに座ってくつろぎだしたリボーンが、本題に入った。 「ああ、ツナヨシも進学して早二年。一年後にはこちらに来る予定だったな?」 「ああ」 答えたのはもちろん綱吉ではなく、リボーン。 当の綱吉は所在無く、視線をあちこちに漂わせていた。 静かにしろ、とリボーンに一括されるまでは。 「こちらでも受け入れの準備を始めているが、やはりよく思わないカポが多いようだ」 「だろーな」 つい数ヶ月前まで一般人だった綱吉をよく思わない者は多い。 たとえ綱吉が初代の血を引いていたとしても。 「だから、本格的に移る前に、顔合わせを済ませておいた方がいいと思ってな」 なるほどな、とリボーンは納得する。 だが、聞いた綱吉はしばらく眼を瞬かせて。 「…ってことは、俺、何かの会議とかに出なくちゃいけないんですか?」 そんなこと聞いてないとばかりにリボーンに視線を送るが、綺麗に無視される。 「気にするな。本当に顔合わせ程度のパーティなのだから」 「ぱぱ、ぱーてぃ!?俺、そんなの出たこともありませんよ!」 「明日の夜に開かれる予定だ。それまでリボーンに色々教えて貰うといい」 どうやら既に決定事項らしい。 リボーンが綱吉を見上げながらニヒルに笑った。 「みっちりしごいてやる。楽しみにしてろよ、ツナ」 「できるかあぁぁ!」 リボーンが教官なんて、戦闘だけで十分だよ! そんなツナの心の声に重なって、トントン、と扉を叩く音がした。 「紅茶とコーヒーをお持ちしました」 「ああ、入っておいで」 九代目が促すと、シエナが扉を開けて入ってきた。 そして手際よく二人の分を注いでいく。 「彼女の淹れたものはとても美味しいよ。私が保証する」 じゃあお言葉に甘えて、と綱吉が紅茶を手に取る。 リボーンは何も言わずにカップを傾けた。 「あ、本当に美味しい。苦くなくて、甘すぎでもなくて…」 まるで自分の好みを知っているかのように、絶妙な甘さ加減だった。 「コーヒーもうめえな」 リボーンも素直に感嘆を述べる。 「ありがとうございます!」 褒められたシエナは、嬉しそうに微笑んだ。 その時、ふと時計を見上げた九代目が思いついたように。 「そろそろ彼がやってくるのではないかな?お茶はもういいから、行っておいで」 「いいんですか!?」 シエナは、その言葉にあからさまに喜んで。 九代目が頷くのを確認すると、礼をして、退室していった。 「誰だ?」 九代目はそれにとても嬉しそうに微笑んで。 「窓から見てみるといい。君達もよく知っている子だよ」 え、俺もですか、と綱吉は首をかしげる。 九代目が許可したこともあって、気になった綱吉はそーっと窓を覗く。 リボーンはというと、やはりとっくに窓をのぞきこんでいた。 「どこだ?」 見つからない、とリボーンは首を動かす。 「あ、リボーン、あそこあそこ!」 綱吉が見つけたようで、指を指している。 そちらを振り向くと、誰かを待っているシエナの姿。 少しして、待ち人が来たらしい。 こちらからは死角になるような場所へ、彼女は声をかけた。 遠くて声はよく聞こえない。 そして、彼女の声に応えるかのように、死角から姿をあらわしたのは。 金の髪に、飾りをちょこんと乗せて。 黒いコートを羽織った、その青年は。 「あーっ!」 綱吉が声を上げる。 リボーンも軽く目を見開いていた。 「ベル!」 ヴァリアーの、ベルフェゴールだった。