V


「ふえ〜、疲れたぁ」

明日のパーティに備え、礼儀作法などを叩き込まれた綱吉が、そう漏らした。

「このくらいでへこたれてんじゃねえぞ。明日はパーティの準備直前までやるからな」

「ってまだやんの!?」

今日の午後やっただけで既に地獄だったのに、と綱吉が顔を青くする。

「当たり前だ。マフィアの世界はマナーが厳しいんだ」

つらつらと細かい内容を語るリボーンに、綱吉はもういい、と手を振った。

コンコン、とノックの音がする。

「なんだ」

「リボーン様、十代目様、夕食の時間でございます」

「ほら、飯だ。行くぞツナ」

座っていたソファーから降りたリボーンは綱吉を促す。

「分かってるよ」

疲れたけど、背に腹は変えられないと綱吉も立ち上がる。

扉を開けると、そこにはシエナがいた。

「あ、シエナさん」

「何でしょうか」

思わず声を出した綱吉は、まともに返事をされて逆に困った。

少し考えてから、気になっていたことを聞いてみることにする。

「あの、ベルと…幼馴染だって…」

「九代目から聞きました?そうです。もうずっと小さい頃からの」

ふふっと笑って、シエナは二人を食堂へ案内する。

「ベルはもう帰ったのか?」

「ええ、ヴァリアーの屋敷の方へ」

ヴァリアーに屋敷があるんだ、と驚く綱吉に対し、リボーンは若干眉を寄せて考え込んでいる。

「ベル様に何かご用事でも?」

「いや、何でもねえ。気にすんな」

ひらひらと手を振ったリボーンに、シエナは承知しましたと微笑んだ。


食堂につくと、誰もおらずがらんとしていた。

「誰もいないね」

「そもそも一緒に食べるなんて習慣がないからな」

二人ぶんの夕食が用意されているのを確認して、リボーンは座る。

綱吉も慌てて後に続いた。

「九代目は?」

「お仕事を」

「忙しいんだな、ボスって。九代目、大丈夫かな」

無茶とかしてないだろうか、と綱吉は心配する。

その心配をリボーンが一蹴した。

「その心配はいらねーぞ。むしろ仕事サボんないことを心配しろ」

「へ?サボ……る?」

綱吉は目を丸くして、少し立ってから叫んだ。

「はぁ!?九代目が、仕事サボるって!?」

「ああ。やるときゃやるし、前線に立てばそれこそボンゴレ九代目にふさわしい働きをするが……

書類仕事が嫌いで、時々サボるんだよ」

「信じられない……」

綱吉にとって、九代目は尊敬の対象だった。

きっと、強く、賢く、ドンとしての仕事も簡単にこなしていると思っていたのだ。

そんな人が、仕事をサボるなんて。

「ふふ、ですが、気がつくと全部終わらせてあったりするんです」

シエナが小さく笑う。

「だけどその全部終わらせるのが、あぶねえ線ぎりぎりなもんだから、

部下たち、特に秘書はいつも胃薬を持ち歩いてるそーだ」

綱吉が呆然としているのにも構わず、リボーンは食事に手をつけ始める。

食器の音を聞いて、綱吉も慌てて夕食にとりかかった。


次の日、綱吉はリボーンの教え(という名のしごき)を越え、パーティに出ていた。

そこで綱吉は、リボーンの言っていたことがそう外れていなかったことを知る。

「本当に、みんなすごく礼儀正しい……俺、浮いてないかな……」

「そう思うなら少しは堂々としていろ」

そわそわする綱吉に、リボーンが、優雅にワインを傾けながら告げる。

その姿を見て、綱吉は思わず突っ込んだ。

「てか、何でお前ワインなんか飲んでんの。未成年だろ」

「気にするな」

手馴れた様子で飲むリボーンは、一言いうと、軽く上を見上げた。

「あ」

その視線を追って、綱吉も声をあげる。

「よーツナ、元気か?」

「ディーノさん!」

見慣れた姿に、綱吉もホッと一息つく。

キャバレッティーノファミリーのボスで、綱吉の兄弟子、跳ね馬ディーノだ。

傍にはロマーリオも控えている。

「久しぶりです。ディーノさんも来てたんですね!」

「ああ。ボンゴレ九代目主催のパーティとなっちゃ、

同盟ファミリーのボスである俺が出席しないわけにはいかないからな」

元気そうで何よりだ、とディーノが綱吉を撫でる。

くすぐったいです、と綱吉が笑った。

「おい、お前らそれくらいにしろ」

リボーンがそういって、二人はリボーンの方を見る。

すると照明が消え、九代目にスポットライトが当たった。

「紳士淑女諸君、本日は我がボンゴレのパーティによくぞ来てくれた。存分に楽しんでいってくれ」

拍手を歓声が上がる。

綱吉たちも、一緒に拍手をしていた。

「ここで、一つ重大な催しがある。

貴殿らに、私の後継者、ボンゴレ十代目を正式に紹介しようと思う」

「え」

「お」

綱吉と、ディーノが同時に声を上げた。

「ボンゴレ十代目、ツナヨシ・サワダ!」

九代目がそういうと、綱吉にスポットライトが当たった。

周りから視線が突き刺さる。

「え、ちょ、聞いてないよ!?」

「あはは、あのジーさん、サプライズが好きだからな。ほらツナ、九代目のとこ行って来い」

ディーノが笑いながら綱吉の背を押す。

「ええええ!?」

「観念しろ、ツナ」

リボーンに蹴飛ばされるようにして、綱吉は前に押し出された。

「さあ、みんなに挨拶なさい、ツナヨシ」

「って、俺、何を言えばいいんだか……」

じっと自分を見るたくさんの目。

こんな場に出たこともないし、まだマフィア世界の常識とかも全然。

そもそもイタリア語さえまだ分からないというのに、話が通じるのだろうか。

パニックになった綱吉に、九代目が落ち着かせるように声をかけた。

「大丈夫だ、君が言いたいことを言えばいい。日本語で通じるよ」

やけくそだ、と綱吉は前を向いた。

「紹介にあずかりました、沢田綱吉です!まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします!」

(し、視線が痛いぃぃぃぃ!)

じろじろと綱吉を見る目。

もはや突き刺すようなそれに、綱吉は懸命に震えるのをこらえていた。


その時、ガシャン、と音がした。